「あーちゃん……泣かないで……」
病院で目覚めた彩瀬は、まず私にそう言った。

両親は声を挙げて泣き、彩瀬を抱きしめた。

……が、彩瀬は両親の隙間から精一杯手を伸ばし、私の涙を拭って頭を撫でてくれた。
「彩瀬……。」

私は彩瀬の手を握りしめて、ボロボロ泣いた。


翌日、彩瀬は退院した。
が、身体も心も、凌辱の傷は大きかったようだ。
大きなおじさんを見ると……医師や警察にすら怯え泣き叫んだらしい。

ただ、私が一緒にいると、いつも通り彩瀬は強くなるので、私はそんな彩瀬を見ることはなかった。
大きな目を見開いて、口を引き結び、じっと耐えている彩瀬しか覚えていない。

どんな時も、彩瀬は私を守ろうとしていた。
「あーちゃんには、あんな想いはさせない。」
彩瀬は口癖のようにそう言っていた。

どんな想いなのか……それが何を意味するのかを既に書物から知識を得ていた私は、彩瀬の心の傷を想ってその都度泣いた。
私たちはこの世にただ2人きりしかいないかのように、寄り添い、抱き合って成長した。


彩瀬が中学に進学すると、私はまた小学校を登校拒否するようになった。
小学校と中学校は、一区画を隔てるだけ、距離にして100mほどしか離れていないが、やはり敷居が高く感じられた。

担任の若い女性教諭は、家庭訪問と称して何度もうちにやってきた。
本当に私を登校させたかったのだろうが、彼女の不用意な発言に私はキレた。
「どんなに好きでもお兄さんと結婚できないのよ?」

おまえに言われなくても、そんなことは物心ついた時から知っている。
以後私は、担任教諭を視界からも聴覚からも抹殺した。


毎日彩瀬の部屋で、彩瀬の帰宅を待った。
両親は私に無関心なくせに、彩瀬と仲良くしすぎることには目くじらを立てて邪魔をした。
……それでますます意地になって、私たちは片時も離れようとしなかった。

夜、寝る時も彩瀬の部屋に忍び込み、狭いシングルベッドで一緒に寝ていた。
両親は彩瀬の部屋に内鍵を取り付けたが、彩瀬自身がも私といたがったので無意味だった。

そこで今度は私の部屋に外鍵を付けた。
だが、私の彩瀬への執着は、そんなことで諦めるようなヤワなものではない。
私は窓をつたって彩瀬の部屋へと通った。



ある夏の夜。
いつものように彩瀬の部屋へ移動していると、ちょうど帰宅したらしい父に見られて泥棒と間違われてしまった。
父の大声に驚いて、壁に張り付いていた私ではなく、自室の窓から身を乗り出した彩瀬が落ちた。

彩瀬は、右腕と右脚を骨折して入院した。
彩瀬の意識が戻るまでそばにいたかったけれど、病院から両親共々追い出された。