その夜、私は眠れなかった。
それどころか、自室の床にぺったりと座ったままずいぶんと時間を過ごしてしまった。

濡れた浴衣を脱ぐのが遅れ、髪も身体も拭かなかったので、夜半には発熱してることに気づいた。
……参ったな。

孤独感がいや増す。

彩瀬は……この夜、帰ってこなかった。

最悪だ。


燃えるように熱い額に、心地いいひんやりとした重量を感じた。
「彩瀬……」
目を開けなくても、気配でわかる。

この世でただ1人、私を心配し、愛してくれる人。
……ん?
匂いが違う。

私はパチッと目を開けた。
タオル?

少し頭を動かすと、額に乗せられていたタオルを巻いたアイスノンがボトッと落ちた。
「これ、額に乗せるもんちゃうで?」

そう言いながらアイスノンを枕の上に置き直し、頭を乗せた。
冷たさが後頭部と首に心地いい。

「あー。風邪引いちゃったんだね。可哀想に。」
彩瀬が私の額から髪を撫でてくれた。

心地よさに目を閉じる。
「彩瀬。起こして。」
そうお願いして、彩瀬に向かって両手を挙げた。

彩瀬が両手を持って引っ張り起こしてくれる。
私はそのまま彩瀬の首に両腕を回してしがみついた。

……彩瀬の髪から、うちのと違うシャンプーの香りがした。
思わず笑いがこみ上げてくる。

「あー?」
「……あっさりお持ち帰りされとんなっちゅうねん。」
自分でも驚くほど声が低くなった。

彩瀬は耳まで赤くなった。
「……ごめん。」
謝る意味がわからない。

私は、彩瀬から離れてプイッとそっぽを向いた。
「その匂い、嫌い。シャワー浴びてきて。」
そう言って私は頭から布団をかぶった。

パタパタとスリッパの音をたてて彩瀬が部屋から出て行った。

しばらくして、本当にシャワーを浴びてきた彩瀬がまだ濡れた髪で戻ってきた。
「あー。ポカリ。夕べから何も口にしてないって?脱水症状になるって、お母さんが心配してるよ。」
……心配なんかするわけない。

私は無言で彩瀬をじっと見た。
「大丈夫?」
そう聞かれても何も言えなくて、泣きそうになるのを誤魔化した。

「飲ませて。」
彩瀬はちょっと困った顔になったけど、私のすぐ横に座ってポカリのキャップを開けると飲み口を私の口元に近づけた。

「飲める?」
「こぼれるわ。」
口をとがらせて文句を言うと、彩瀬は苦笑して私を背後から支えるように身体をずらして自分にもたれさせてくれた。
背中に彩瀬の身体、肩に彩瀬の手を感じて、頬がゆるむ。

「ゆっくりね。」
介護か赤ちゃんのように、ポカリを飲ませてもらった。

……本当は、口移しで飲ませてほしかったんだけどな。