「あー。」

振り返ると、彩瀬がこわばった顔をして立っていた。
いつからいたんだろう。

「彩瀬、遅~い。おかげで変なのに絡まれたわ。」
頬をふくらませて、少し大袈裟に怒って見せた。

「今の、小門(こかど)くんに見えたけど……あー、知り合いだったの?」
「彩瀬、やっぱり同じクラスなんや?ふぅん。」

私は質問を敢えて無視して、彩瀬の腕に絡みついた。
「あつっくるしいめんどくさい奴やね、小門。」
この炎天下にべったりくっつく私こそ、彩瀬にとっては体感的にあつっくるしいだろうけど。

「そう?普段はむしろクールだけど、親切な人だよ。入学式で新入生代表の挨拶してたし、天は彼に二物も三物も与えたんだね。」
どうやら彩瀬は小門に世話になってるらしい。
小学校でも中学校でも、学級委員やたぶん教師に頼まれた生徒が、何もできない彩瀬の世話をしてくれてたけど、もしかして今は彼が気にかけてくれてるのか?

それなら、「小門」呼びは失礼だったかな。
次は感謝を込めて「さん」か「先輩」を付けてやろう。

しかし、新入生代表ということは、トップ合格か。
ふーん。
「気に入らんなあ。ちゃらいサッカー部で女子マネージャーにもててイイ気になっとるんちゃうん?」

「小門くんはモテるけど真面目な人だよ。ちゃらくはない。……あーに似てるとこあるよ。」
彩瀬の言葉に私はますます不機嫌になった。
最初から密かに感じてたシンパシーを、彩瀬にだけは指摘されたくはなかった。

もっと言えば、小門と交わした会話は、対局した時と同じぐらい興味深かったけれど、だからこそ彩瀬に見られたくも聞かれたくもなかった。

小門、やばいな。

私は彩瀬の腕に、ぎゅっと抱きついた。
「似てへんわ!」
そう言い張って、彩瀬の腕に頬を擦り付けた。

あ……彩瀬の身体から誰かの残り香がする。
やっぱり、遅かったのは、そういうこと……か。

私は、彩瀬の腕に歯を立てた。


夏休みが始まってすぐの土曜日の夜、彩瀬と一緒に芦屋浜の花火に行った。

うちのマンションの屋上からは、芦屋浜の花火も、神戸の花火も見える。
が、やっぱり花火は近くで見たい。
できたら真下から見上げたいので、毎年彩瀬と2人で出かける。

今年もわざわざ浴衣を着て、まだ暗くなる前から芦屋浜を目指した。
人でごった返す浜辺に割り込む……こういう時、彩瀬の美貌は役に立つ。

私も珍しく彩瀬を「お兄ちゃん」呼びで、周囲に愛想を振りまく。
白い浴衣が汚れるのもかまわず彩瀬の膝に頭を預けて寝転んだ。

今夜は月が見えない新月なので、神戸の明るい空でも星がいくつか見えた。

……夜、にわか雨が降るって天気予報で言ってたけど、とりあえず花火を最後まで楽しむことができてよかった!