碁会所に現れた男子高校生は、普通にイケメンだった。

細い銀色のフレームの眼鏡をかけ、いかにも頭のよさそうなシャープさと、日に焼けたたくましい身体。
文武両道、ついでにエエとこの子、って感じ。

何も考えてないかのような早打ちだけど、的確。
対戦してるおっちゃんは長考派だからやりにくそう。

だからと言って、男子高校生は別におっちゃんのペースを崩して攪乱させようとしているわけではなさそうだ。
むしろ隙のない緻密な打ち方。

相手を無視してるとも思わないけど、自分の作戦に忠実に進めたいタイプなのかな。
私は彼の筋張った長い指に少し見とれた。

おっちゃんにあっさり勝った彼に、インストラクターが私を紹介した。

「セーラー服……中学生?授業は?」
まるで風紀委員に詰問されてる気分になり、ちょっと私はムッとした。

「自分かて、学ランやん。授業は?」
不穏な2人の空気にインストラクターが慌てて、場を仕切る。

碁盤越しに男子高校生と対峙すると、少しイメージが変わった。
クールそうに見えた男子高校生からはギラギラと戦うオーラが出ていた。

ふ~ん……おもしろいやん。
私は、久しぶりに本気になった。

彼の早打ちと定石に精通した手筋に付き合ってから、反撃に出た。
こういうクレバーな碁打ちには、常識や法則を敢えてはずしてく。
すると男子高校生はすぐに守りに転じた。

……意外と、慎重やな。
負けない手を打ち続ける男子高校生を何とか仕留めてやろうと、私は大きく打った。

碁会所の時計が15時半を告げた。
「あ、とっくに授業終わってた。」
私のつぶやきに、対戦中の彼は、ガタッと立ち上がった。

「時間切れ?」
そう聞くと、彼は頭を下げた。

「ごめん!部活行くわ!……続き、また頼むわ!」
「いいけど。棋譜書ける人?」

棋譜とは、今打った手の順番を記したものだ。
……彼は早打ちだけどちゃんと先を読んでいるので棋譜を書ける記憶力もあるかも、と聞いてみた。

「たぶん。でも夜まで時間ないから忘れるかも。君も棋譜書いといて。」
そう言い置いて、彼は走って碁会所を出て行った。

「突風みたいな子やなあ……」
さっき彼に負けたおっちゃんが呟いた。

私も時間がないので、碁石を片付ける。
「棋譜、書かんでええん?」
ギャラリーしていて会話を聞いていたおっちゃんがそう聞いたけど、私は手を振った。

必要ない。
彼の手も私の手も、全て頭の中に刻み込んだ。
夜どころか明日でも一週間後でも再現できる。

碁会所を出ると、私は駆け足で彩瀬の高校へ向かう。
国道を渡るための地下通路を下って上がると、高校のグランドの前に出る。

「あー。遅かったね。」
グランドの障壁にもたれて待っていた彩瀬が、私を見て笑顔になった。