「じゃあ言うから、ちゃんと聞いてね。佐伯君もよく知ってる人だから」


 俺がよく知ってる人? 誰だろう。高橋さんは妻帯者だしなあ。もしかして、鈴木さん? 通称“クマさん”の、あの人なのか? 確かまだ独身だしな。でもなあ……


「私が、何年もの間ずーっと好きな人の名前。それは……」


 ゴクッ

 今のは俺が生唾を飲んだ音だ。
 

「佐伯知之さんよ」

「ああ、あの佐伯知之さんですか……って、俺ですか!?」

「期待通りの反応ありがとう。あなたったら、本当にどん……きゃっ」


 俺はチーフに飛びつき、思いっきり彼女を抱きしめた。あまりにも嬉しかったから。今までの人生の中で、嬉しさナンバーワンだと思う。しかもダントツで。


「信じられません。夢を見てるようです」

「本当に気付いてなかったの?」

「ぜんぜんですよ。だって、チーフは僕となかなか顔も合わせてくれなくて、避けられてるんだと思ってました」

「あ、そうかあ。私ってすぐ顔に出ちゃうから、気付かれたら困ると思ってわざとそうしてたの。今も赤いでしょ? 私の顔」


 確かにチーフは、頬のあたりをほんのりと赤く染めていた。


「じゃあ、俺がチーフに付きまとう前、ますます避けられてると思ったのは……」

「それは、あなたをますます好きになった、って事よ」


 ああ、なるほどね……


「何年もずっと、って言いましたけど、いつ頃からなんですか?」

「ずっとじゃなくて、ずーっと、って言ったのよ。あなたが入社した時からだから、5年半ね」

「え? という事は……」

「一目惚れよ。悪い?」

「いえいえ」

「あなたったら、すごく可愛いかったんだもの。一目で夢中になっちゃった」

「顔ですか?」

「初めはね。でも性格を知って、ますます好きになったわ。今では、あなたの全部が好き」


 チーフはそう言い、顔を真っ赤に染めた。

 いつも冷静沈着でバリバリ仕事が出来るクールなチーフが、5年半もの間、俺なんかに夢中? 嘘だろ?

 あ。鈴木さんの勘は当たってたって事だ。やっぱりあの人はすごいよなあ。両目とも節穴なんかじゃないや。


「でもチーフ、なんで言ってくれなかったんですか?」

「だって、あなたは会社中の人気者だし……」

「そんな事ないですよ」

「出た、天然。少しは自覚しなさいよ」

「はあ……」


 そうは思えないけどなあ。


「それに私はあなたより4つも上だし、性格悪いし……」

「性格は悪くないでしょ?」


 年令はまあ、事実としても。


「悪いわよ、私。仕事が出来ない人をみると、イライラするの」

「ああ、確かに……」


 チーフが仕事で怒る姿は、数え切れないほど見たと思う。俺だって、最初の頃はよく怒られたっけ。


「あっさり認められると傷つくわ」

「あ、すみません。でも、チーフはいつも間違った事は言ってなくて、俺、いや僕は、密かにチーフを尊敬してました」

「言い直さなくていいわよ」

「はい?」

「“俺”でいいって事。あなた、時々俺って言うでしょ? 可愛い顔して俺って言うから、そのギャップが堪らなくてキュンキュンしちゃうの」