その日の定時になっても、支部長は出先から戻って来なかった。

不在の支部長に代わり、峰岸主管が夕礼を進行した。

職員に挨拶をして支部を出た愛美は、更衣室で着替えて駅に向かった。

(マスターの店で待ってろって…。できるだけ早く仕事終わらせるとは言ってたけど、一体何時になるんだ?)

約束したものは仕方ないと、愛美はバーに足を運んだ。

バーのドアを開けて店内に入ると、マスターが笑顔を向けた。

「いらっしゃい愛美ちゃん。今日も早いね。」

「……待ってろって言われたから。」

「誰に?」

「…支部長に。」

カウンター席に座りながら歯切れの悪い返事をする愛美を見て、マスターがニヤリと笑う。

「ふーん?何飲む?」

「いつもの。」

「じゃあ、一杯目はサービスしとくよ。」

マスターはニコニコしながら水割りを作って、愛美の前に置いた。

「で?」

「で?って…何?」

「政弘と付き合ってみる事にしたの?」

唐突に緒川支部長の話を振られて、愛美は口に含んだ水割りを吹き出しそうになる。

「もう…急にやめてよ…。」

「あれ?付き合うんでしょ?」

「…成り行きで。でもすぐに別れると思う。」

「なんで?」

「…好きじゃないから。」

「ふーん?だけどアイツ、愛美ちゃんの希望通りのいい男だよ?」

「…そんなの知らない。」

愛美は不服そうに水割りを煽る。

「愛美ちゃんの知らない政弘は、愛美ちゃんの思ってるようなイヤな男じゃないよ。」

「…急にそんな事言われても…。」

「愛美ちゃんは男を見る目がないからなぁ。少なくとも政弘は、愛美ちゃんが今まで付き合ってきたようなろくでもない男とは違う。」

「そうかも知れないけど…。」