「ねぇ、私を殺して──。」

不気味な程に綺麗な満月の夜のことだった。僕は人を殺した。当然のことなのかもしれないけれど、僕は死ぬまでこのことを忘れないだろう。

生温かい血液、虚ろな瞳、だんだんと冷たくなっていく体……。

ああ、僕は──。


彼女は、言うならば、そう、世間一般でいく普通の学生ではなかった。だが、彼女自身は普通の子どもだった。

彼女の親は、そりゃもう有名な政治家で、スキャンダルなんてありえなかった。だが、その人には一番身近に特大スキャンダルがあった。

政治家の不倫相手は、実の娘である彼女だった。

彼女は父が好きだった。そして、大嫌いだった。


台所から取り出した包丁片手に馬乗りになっている僕を、彼女はどう見てたんだろう。

乱れた髪をかき分け、額に口づける。乱れた服をさらにズラし、鎖骨に口づけを二つ。

「ねぇ、早く……。」

彼女は強請るようにいじらしい声を出した。

ゆっくりと包丁を胸に埋める。体から血が溢れ、痙攣を起こした。だんだんと静かになっていき、訪れる静寂。彼女はまだ温かかった。

僕は人を殺した。真っ赤な手を見つめながら考えることは一つ。

彼女は幸せだったんだろうか。

最期に浮かべた彼女の笑顔は、空に佇む満月のように儚かった。