斉藤実(さいとうみのる)30歳。とある田舎にあるクリニックで働く医師。医大を卒業。
アメリカのボストン病院で数年勤めたのち、知人の経営する街医者で手伝いをしている。


「おはようございます、先生。」

というのは、日課のようにこのクリニックへ来る老人たち。
医療費が1割負担ということもあって、気軽にクリニックに来るのだが、診察の一時間前から来て、診察後も一時間以上は待合室で話をしている。
ある人はお茶菓子を持ってきてはみんなに配っている。


「おいおいおい、とみさん、ここは老人ホームじゃないんだ。」


と言いながら、とみさんの持ってきたお茶菓子を勝手にほおばる斉藤先生。


「だってね、年寄りなんて毎日何することもないし。何もしなければボケちゃうでしょ?」


「よく言うよ。それだけしっかりしてれば、ボケずに死ねるよ。」



なんて医者らしからぬ言葉を口にする。そんなきつい斉藤先生の言葉に、老人たちは顔をほころばせ、喜んでいる。



そんなある日、知人であるクリニックの院長が、斉藤先生を院長室に呼び出した。
呼び出すと言っても、いつもお茶を飲みに勝手に院長室に入り込んでいる斉藤先生だが。



「斉藤先生、今から、大事な話がある。君の家族のことなんだがね。」



その院長先生の言葉に、顔が一瞬で凍ばる斉藤先生。いつも冗談を言う斉藤先生の顔が暗くなる。
そう、斉藤先生は親がいない。気づくと孤児院で育てられていた。今は両親がどうしてるのかわからない。両親のことはどうでもいいのだが、孤児院でひどい虐待を受けてきたから、自分の過去を思い出すのが辛いのだ。
そして記憶にない家族を再び思い出すことなんか、もうどうでもいい。




「実はな、君には妹がいるんだ。」




うつむいていた斎藤先生は勢いよく顔を上げ、院長を見る。




「血がつながってるのかはわからない。なんせ、検査もしてないんだから。
だけど、孤児院の話では、君の親と同じ人物が15年も前、幼い子供を孤児院に預けにきたと言うんだ。彼らは自分たちの子供だが、やはり育てられないから、孤児院に預けると言い、お金も出さずに幼い子供を置いていったというんだ。その頃、君はすでに里親のところにいたんだろ?会ったことはないと思う。」




「知りません。初めて聞きました・・・。本当に最低な親ですね。俺の記憶にはまったくないけど、最低な人間には間違いありません。それで、その子がどうしたんですか。」




「そうだ、ここからが本題だ。彼女は喘息を患っているそうだ。孤児院ではほったらかしになっていたから、相当悪化しているそうだ。
先日孤児院でひどい発作が起きて、救急車で病院に運ばれたらしいが、孤児院から金が払えず、すぐに退院させるように孤児院が病院に頼んだそうだ。
しかし、今でも時々発作を起こす。病院に通わせてないんだから、当然だな。
そのことを知った保健センターが彼女の親戚を探し出したところ、孤児院が君の名前を出したそうだ。
もちろん、君の里親にも連絡をしていると思う。そして、私のところになんとかならないかと保健センターから連絡があった。」




「そういうことですね。俺には家族なんてどうでもいいです。今更妹なんて言われても困ります。その子を俺にどうしろというんですか?」




斉藤先生は顔を曇らせた。



「そういうと思ったよ。だが、まだ未成年だ。孤児院も今年が最後だと言う。病気持ちのせいで里親なんかは見つからんだろう。
そこでだ・・・、わしが彼女を引き取ろうと思う。」




目を見開き、院長先生を見つめる斉藤先生。




「そんな、どこまでお人好しなんだ。」




「人としてもそうだが、医者として彼女を救うには、まずは入院させなきゃなんともならん。だけどここは入院施設はない。だからわしが引き取って、彼女に治療を受けさせようと思う。」




なんていうことなんだろうか。斉藤先生の実の妹かもしれないのに、赤の他人の院長が預かると言う。これからどうなるのか。そして斉藤先生はどうしたらいいのか、突然の院長の告白に、頭の中は真っ白だった。