「立ち話もなんだし。お茶くらい出すよ」

 酔っていると自己申告しているほぼ初対面の男に、家に上がらないかと訊かれて、警戒しない女はいないだろう。

「あ、変なことはしない。七誠銀行の名誉に、誓います」

 片手をぴっと上げて宣誓する相良さんを、じとりと見た。
 地元随一の地方銀行『七誠銀行』の銀行マンだということが身バレしているから、下手なことは出来ないという意味だろうけれど。

「信用できません。すでにしてますもん。私のファーストキスを奪ったのは、重罪に値すると思うんですけど」

 そうだ、それを謝ってもらいたかったんだ。
 軽い気持ちでやったことが、やられた人にとっては軽くないってことを、世間の人間は知らなすぎる。

 糾弾する私を、相良さんが驚いて見た。
 見開いた瞳、挙手したままの右手、半開きの唇、の下にある黒子。一瞬にして時が止まったように、微動だにしない。

 そこまで驚かれると、発掘された化石の気持ちだ。イマドキ、成人までファーストキスを守ってきた私が、時代錯誤みたいじゃないか。まあ実際そうなんだろうけど。


「…………ごめん……付き合う? 俺たち」

「えっ?」

 今度は私が驚いた。

「責任取って、結婚してもいいよ。美緒ちゃんさえ良ければ」

 驚きの余り、言葉が出てこない。
 何を言ってるんだろう、この人。冗談……にしては、目は真剣に据わっているし。

 ああ、どうやらこれは本気で酔っ払ってるようだ。呂律も足取りもしっかりしているし、会話もちゃんと出来ているから、そこまで酔っているとは分からなかった。