夏休みが終わり、大学が始まった十月の第三水曜日、家に手紙が届いた。

 子どもっぽい絵柄の封筒に、子どもっぽい字で。宛名は「関口利乃様」、二つ年上の私の姉だ。
 封筒の裏を返して見る。差出人は「市原悠雅」、誰?

 姉にSNSでメッセージを送っておいた。姉の利乃は、ニュージーランドに留学中だ。日本との時差は三時間だから、あっちは夜の七時か。今こっちは夕方の四時。大学から帰って家のポストを覗いたら、手書きの封書が目に留まったのだ。

 二十分くらいして、姉の梨乃から電話がかかってきた。

「美緒? メッセージ見たんだけど、全然心当たりないんだけどお」

「え、そうなの? 名前の漢字も、住所も番地まで合ってるし。間違って送られてきたんじゃないみたいだよ」

「えー、ほんと全然分かんない。市原ゆうが? 誰だろう。知ってる奴だったら、私が留学中なの知ってるはずだし。大体イマドキ、手書きの手紙を実家に送ってくるう? 気味悪いなあ。気になるし、今開けてみて」

「うん、ちょっと待ってね」

 ペーパーナイフなんてお洒落な物は我が家にはないから、はさみを持ってきて、封筒の端っこを慎重に切って開封した。
 出てきたのは、二つ折りにされた小さな便箋一枚と、何故か小さなピンバッジ。
 スマホを耳に当てたまま、片手で便箋を開く。

「手紙と、猫の形したピンバッジが入ってた。手紙、読むね」

「ピンバッジ? 何それ、ますます怖いんだけど」

 遠く離れた異国で、姉も少し緊張しているのが伝わってくる。

「関口利乃様 十年後のりのちゃんは、何をしているかな? ぼくは、バスケの選手になっているかな? 十年後、会おうねって約束したのを、おたがいに忘れないように、手紙を書きました。十年後のぼくには、りのちゃんからの手紙がとどきます。十月の三番目の日曜日に、会いましょう。場所はここ、ぼくたちが出会った病院の――」

 記されていた場所を読み上げている最中、思い出した。

「これって……あの男の子? 利乃、小学生のとき、足骨折して入院してたよね。あのとき、同じ病室だった男の子じゃない?」

 古い記憶を手繰り寄せる。
 姉は子どもの頃から活発で、男勝りだ。小学生の高学年では、男子に混じって少年野球チームに入っていた。
 ある日飛んできたボールが足に直撃して骨折し、大学病院に入院。退院してからもしばらくはギプスに松葉杖で、車椅子生活だったから良く覚えている。

 入院先の病院で、姉はよく隣のベッドの男の子とカードゲームをしていた。当時男の子の間で流行っていた、カードバトルゲームだ。

 院内感染防止のため、私は小児病棟へは面会スペースにしか立ち入れず、直接その男の子と話したことはない。