未咲が口を開きかけたとき、それを塞ぐように智久が言った。

「もう一回言ってくださいは、なしだ。

 何故、そうなるのか。

 どうして俺がそれを知っているのかとか訊くなよ」

「……じゃあ、それ以外、ひとつだけいいですか」

 ひとつならいい、と智久は言う。

 未咲は俯きかけた顔を上げ、智久に訊いた。

「あの日、貴方と私が出会ったのは、偶然ですか」

「出会ったのは偶然だが、声をかけたのは気まぐれじゃない。

 お前がその顔をしていたからだ」

 姉が入社するより前の話だ。

 姉に似ているから、というのではなかったはずだ。

「……水沢さんも似たようなことを言ってました」
と言うと、そうか、と言う。

「そんな事実があるのなら、何故、早くに教えてくれなかったんですか」

「確証がなかったからな。

 だが、一応、忠告はしておいたぞ。

 夏目はやめておけとな。

 ……未咲?」

 俯いてじっとしていた。

 とりあえず、動きたくなかったからだ。

 ふいに、誰かの体温を鼻の辺りで感じた。

 ぽんぽん、と背中を叩いてくれたのが、智久だとは思わなかった。