その人に出会ったら言おう。
 そう思っていた――。

 お昼休み。

 お弁当を買って、会社の前の公園で食べようと思っていた志貴島未咲(しきしま みさき)は、ビルの下に居る彼に気づいた。

 企画事業部の課長、遠崎夏目(とおざき なつめ)だ。

 ぱっと人目を惹く容姿なので、間違いない。

 お弁当の入った袋を握り直し、変わりかけた信号を横目に、横断歩道を走る。

「えっ、ちょっとっ」
と後ろで桜の声がした。

 息を切らして、自動販売機の前に行くと、夏目と一緒に居た男の方がこちらを見て言った。

「あ、愛人課の子」

 私に名前はないのか、と思いながらも、未咲は、ほとんど面識のない夏目に向かい、直訴のように叫んでいた。

「課長っ!
 結婚してくださいっ」

 珈琲片手に、冷静にこちらを見ていた夏目が問う。

「……どうしてだ」

 ま、まあ、普通、そう訊くな、と思いながらも、引くに引かれず、

「どうしてもですっ」
と言うと、夏目は少し考え、

「そうか。
 わかった。
 日取りの方はちょっと待て」
と言ってきた。