院内学園で過ごす時間は、あっという間に過ぎていってしまう。みんな集まって、それぞれの勉強をしているだけなのに。
 ううん、している「だけ」だなんて、ぜいたくな言い方だ。あたしたちにとっては、普通みたいな、当たり前に似た、この学校みたいな空間はかけがえのないものだから。
 朝綺先生がみんなに呼びかけた。
「もう十一時だぞ。そろそろ今日の授業はおしまいだな。忘れ物がないように、病室に戻るんだぞ」
 望ちゃんが口をとがらせた。
「あーあ、お昼になっちゃう……」
 お昼ごはんはみんなバラバラで、午後には治療や検査が入っている子が多い。みんなにとって、午後は苦しい時間なんだ。
「望ちゃん、今日の夕方は予定がありますか?」
 空いていたら、遊びに行ってあげよう。そう思ったんだけど。
「ごめんね、優歌ちゃん。今日からまた治療が始まるから」
「あ……そうなんですね」
 望ちゃんは手をぱたぱたさせて笑った。
「やだなー、優歌ちゃん。そんなしょんぼりな顔しないでよ。大丈夫だよ。ちょっと具合が悪くなって、髪がなくなっちゃうだけだからさ。あ、最近ね、おばあちゃんから新しい帽子をもらったの。治療が始まったら、あれをかぶるんだ。超楽しみ」
 そこへ勇大くんが走ってきて、望ちゃんに体当たりした。
「ほら望、病室まで競走するぞ!」
「やったなぁ! 待て、勇大!」
 勇大くんと望ちゃんがバタバタ走っていく。台風みたいだ。
「……二人とも長期入院の病児なのに」
 あたしが思わずこぼすと、朝綺先生もまぶしそうな目をして笑った。
「すげぇよな。薬の副作用なんか屁でもねえって感じで。おれもあいつらに交じりたいよ」
「近いうちに、交じりに行けるんじゃないですか? だって、朝綺先生、どんどん動けるようになっていますから」
「まぁな。みっちりリハビリやってっから」
「午後に毎日、ですよね? どこでやっているんですか? 見かけたこと、ないんですけど」
 朝綺先生は、冗談っぽく片目をつぶった。
「言わねぇよ。努力をひけらかすようなまねはダセェだろ」
「ダサい、ですか?」
「うん。少なくとも、優歌たちの前では、おれはひたすらカッコよくありたいんだよ。さて、みんな帰ったし、例の転校生のとこに行くか」
「はい」
 朝綺先生は、ポケットからイヤフォン型の電話を取り出した。ちょうどそのときだ。

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 唄が鳴った。朝綺先生の着メロだ。透明感のある甘い声。明るい曲調で、BPM300の超アップテンポ。
 あたしは悲鳴を上げそうになった。慌てて口を押さえる。
 幸い、朝綺先生はあたしの様子に気付かなかった。「ちょうどよかった」なんて言って、イヤフォンを耳に付けて通話を始めた。
「もしもし? おう、今から行こうと思ってた。そっちも都合いいか?」
 どうやら転校生さん関連の誰かが相手みたい。朝綺先生は親しげな口調で話している。
 あたしの心臓は、壊れそうなくらいバクバク鳴っていた。
 何で? どうして朝綺先生があの唄を? 配信されてまだ二週間。ピアズの外では全然無名なはずなのに。
 ということは、朝綺先生もピアズのプレイヤーなの?