書きかけの唄が聞こえる。
 LA LA love-me…
 まだサビしかなくて、歌詞もなくて、めちゃくちゃな英語をつないで歌っている段階。早く形にしてあげたいな、と思うのだけれど。
 何を歌いたいのかな、あたし。
 気持ちが煮え切れない感じ。
 tender, you’re not, AH…
 歌うあたしの声は、そこで不意に途切れた。
 目覚まし時計の代わりに、あたしはあたしの唄を聴く。そのとき書きかけている唄を。そうしたら、すっと眠りが遠のくの。あたしは起きなきゃいけないって気付く。生きているんだな、今日も朝が来てくれたんだなって。
 あたしは、そっと目を開けた。
 白いシーツが目に入った。丸めていた体を伸ばしながら、上を向く。白い天井。横を向いても、白い壁がある。
「そっか。昨日から、検査入院だった」
 ここは病室だ。小児病棟の個室。
 カーテンが開いている。ゆうべ、看護師さんが閉めていった後、あたしが開けた。外が見えないのは苦手だから。
 朝の光が差し込んでいる。今日の天気は晴れ。十月の今は、暑くもないし寒くもない。外を散歩したら、気持ちよさそうだ。
 あたしはベッドから起き上がった。布団を整えて、髪にくしを通す。部屋の小さな洗面台で顔を洗う。鏡に映った自分の顔は、我ながら思うけれど、十七歳の割にとても幼い。
 パジャマのままで病室を出た。ちょうど、顔見知りの看護師さんと鉢合わせする。
「おはよう、優歌《ゆか》ちゃん。よく眠れた?」
「おはようございます。いつもちゃんと寝ていますよ」
 看護師さんはニコッとして、隣の病室に入っていった。望《のぞみ》ちゃんを起こしに行くんだ。
 あたしは、自分の病室のプレートを見る。
 遠野優歌《とおの・ゆか》ちゃん
 入院、人生で何度目なんだろう? 小学校に入学するまでは、自宅で暮らした日数よりも、小児病棟で過ごした日数のほうが多かった。だんだん自宅がメインになってはきたけれど。
 あたしは「体が悪い」わけじゃないと思う。「体が弱い」だけ。
 体が悪いのと弱いのの違いは、治療できるかどうか。体が悪いのを治す薬はあるけれど、弱いのは案外、どうしようもない。薬じゃ治らなかったりする。
 今回の検査入院に先立って、初めて受けた質問がある。
「入院先は、一般病棟と小児病棟、どっちがいい?」
 この病院の小児病棟は、原則として十五歳までの子どもしか入院できない。十七歳のあたしはもう卒業しなければいけないのだけれど。
「すみません、小児病棟がいいです」
 わがままを言ってしまった。主治医の先生も、あたしの答えを予測してはいたみたい。あたしのわがままは、あっさり通った。