真っ黒な猫に出会ったんだ。もうずいぶん前のこと。
「胸の病気は黒猫を飼えば治る」って、近藤さんが言った。
「祇園《ぎおん》の坂で見付けた」って、土方《ひじかた》さんが黒猫を拾ってきた。
 それは、金色の目をした黒猫だった。ボクはそいつに、ヤミって名前を付けた。ヤミはいつもボクのそばにいた。
「オマエさ、祇園の猫なら、ボクについてきちゃダメだよ。もう一生、こっちに帰ってこられないよ」
 熱にうかされて見る悪夢のはざまに、そう言ってやったんだけど、結局ヤミは今もボクの枕元で丸くなっている。
 今、ここはどこだっけ? 京の屯所を引き払ったの、いつだった? 大坂から船に乗って、江戸に着いたんだっけ?
 ときどき意識が現実まで浮上する。おかげで、知りたくもない出来事を、ボクはちゃんと理解してしまっている。
 大勢、仲間が死んだ。
 守りたかった。守れなかった。
 みんなまとめて犬死するのが宿命だとしても、せめて最期まで一緒に戦いたかったのに、ボクはそれすらできなかった。病がボクのチカラを奪ってしまったから。
 ボクはもう刀も握れない。
 ヤミがすり寄ってくる。二股に分かれた尻尾。魔のチカラを秘めている証拠の、尻尾。
「このまま死ぬのは、イヤだよ……」
 ねえ、誰か聞き届けてくれ。
 一度だけ、時を巻き戻せるのなら、ボクを連れていってくれ。
 戦場へと。
 ボクたちが生きた、血風の時代へと。