あの日以来、二人は頻繁に会う約束を取り付け、蓮池で仲を深めていたのだが、りんはまだ己の気持ちに気付いていなかった。
これは、りんが己の気持ちに気付くことになった出来事である。



ある夏のよく晴れた日のこと。
りんは木に登っていた。
風でお気に入りの手拭いが飛ばされ、枝に引っ掛かってしまったのだ。

「りん、何をしているんだ!」

約束の時間になり、蓮池にやって来た佐吉がそんなりんを見つけた。
もう少しで手拭いまで届くのだが、手を滑らせたりなんてしたら落ちてしまうだろう。

「危ないから早く…」

その先は言えなかった。
りんが手を滑らせたのだ。
佐吉はとっさに両手を広げてりんを受け止めようとした。
佐吉は無事にりんを受け止めたものの、その場に踏みとどまることが出来ず、後ろに倒れ込んだ。

唇に柔らかい感触がして目を開けると、目の前に驚きに目を限界まで見開いたりんの顔があった。
佐吉は頭が真っ白になった。
きっと数秒間のことであったのだろうが、佐吉には永遠のことのように感じられた。

りんがはっとしたように、勢いよく離れた。

「ご、ご、ごめんなさいっ!」

せっかく掴んだ手拭いも放り出し、りんは走り去ってしまった。
佐吉はまだりんの感触が残る唇に触れながら、ただぼんやりと彼女の後ろ姿を見送っていた。