「エルティーナ様? どう…したのですか? …アレン様と何かあったのですか?
 せっかくの美人がだいなしですよ。うん! 本当にエルティーナ様は、ダンスが上手ですね」

 レイモンドのエスコートは完璧だ。本当にびっくりするぐらい、踊りやすかった。
 もしかしたら、エルティーナのダンスの先生より上かも?? と思う。
 レイモンドの新たな魅力に拍手を送る(踊っている最中なので。心の中で、ですが…)


「レイモンド・フリゲルン伯爵。あ、ありがとうございます」

「くすっ。他人行儀ですね。レイモンドと呼んで下さい。レイでも、かまいませんよ」

「えっ? で、では、私も…エルティーナと。様はいりません、エルでもかまいません…」

「…では、エル様と呼ばせて頂きます!! 可愛いらしい感じの呼び名になって、貴女にとても似合う」

「……あ、ありがとうございます。嬉しい…ですわ」


 エルティーナは得意な演技で、レイモンドに屈託のない笑顔をつくって喜んでみせた。
 …胸がくるしい…『エル様』それは、エルティーナにとって特別な呼び名だった…。

『エル』と私を呼ぶのは、お父様、お兄様、お母様だけ。
『エル様』と私を呼ぶのは、アレンだけ。
 秘密でもなんでもない…けど、私の特別だった。私が勝手に思う特別…。

 その呼び名にふと気づいた時は、恥ずかしくて、嬉しくて、その特別がなんだか、くすぐったくて、幸せで…。

 アレンが『エルティーナ様』と呼ぶときは、公式の場、お兄様や侍女が近くにいるときは、絶対に『エルティーナ様』
 なのに二人っきりの時は自然と『エル様』と呼ぶ。

 アレンとエルティーナは恋人ではない…ただの護衛騎士と王女の関係。
 でも『エル様』とエルティーナを呼ぶ時のアレンは、本当に綺麗で眩しくて、お腹がいっぱいになる。

 アレンにたくさんの恋人がいたって、アレンにとって仕方なしにつかえる一時の主人だって、別にかまわない。皆には言わない二人だけの小さな特別だってある。
 ……っとさっきまで思っていた…。でもそれもなくなった。
 アレンに少しでも異性としてみてもらいたくて、…頑張って、着馴れないドレスを着た。
 背伸びをし色々頑張った……結果。エルティーナはアレンの恋愛対象にはなりえないという、決定打をもらっただけ。

 好きな気持ちに蓋をし、もう追っ掛けるのはやめて、最後の思い出だからって、…着慣れないドレスを頑張って着て、ダンスを誘ってみたら結果は散々。
 今までの特別は、私の思い上がりだったとわかった…だけなんて……。
 ばっかみたい…。ばっかみたい…。



「エル様。もう一曲大丈夫ですか?」

 穏やかなレイモンドの声は、傷ついたエルティーナの心に優しく染み渡る。

「はい! 大丈夫です!!」

 エルティーナは、元気いっぱいに返事を返した。この返事が王女らしくないのは承知の上で………。


「くすっ。子供みたいですわ」

 一度聴いたら嫌でも耳に残る、舐めるような声色。見下すような視線が肌にささり、声の方にエルティーナは目を向ける。

 向けた先には…。

 もうこれ以上、エルティーナの精神を叩き落とさなくてもいいのでは? と思う光景が広がっていた……。
 隣国バスメールの王女カターナと、ぴったりと身体を合わせ踊る…アレンの姿がそこにあった。
 本日、何度目かのクラクラがエルティーナを襲う。


 …ひどい…。警備中だから。踊りませんっていったのに…あーもうなんだか、やってられないわ。
 ひどすぎて、涙もでないわ…アレンのバカ…。

 エルティーナが心の中でアレンに文句を言っていると、ふとレイモンドがダンスの足を止めた。パートナーが足を止めれば自ずとエルティーナも止まる。
 現実に引き戻されたエルティーナはレイモンドに視線を向けた。


「エル様には、エル様の魅力がございます。僕は身分がどうのと威張り散らさない、王女らしくないエル様の方が好ましい。
 それに、どなたかのように背中か胸か分からないほど貧相な身体の方より、エル様のように出るとこがガッツリ出た肉感的な女性の方が、僕は断然好みですので」

 挑戦的なレイモンドのいいように、目が見開く。
 夏の風が〜。と思わせるくらいに甘く! 爽やかに!! 清々しく!!!、オープンにエロい事をいった。

(「えっ!? 殺気!?」)

 エルティーナは騎士ではないので、誰に向けられた殺気かは分からない。しかし身体は震え、恐い…恐い…と心臓が縮み上がる。
 そんな状況にもかかわらず、レイモンドは清々しいくらいエロかった。

「ねえ。エル様」と。

 レイモンドは可愛らしく笑って。ぽにゅん。ぽにゅん。とエルティーナの豊満な胸を突いてきた。「あっ柔らかいですね〜 顔をうずめてみたいです」というオープンエロな感想つきで…。

 レイモンドの行動に唖然。絶句。

 エルティーナは恐々、カターナ王女とアレンの方に目を向ける。
 すでに縮み上がっていた心臓が破けそうなくらい、カターナ王女とアレンは怒っていた…。二人共すでに怒りが隠されていない。

 カターナ王女は、もう呪い殺しそうだし。アレンは、とてもじゃないが恐くて言葉にできない…綺麗な容姿の人が凄んだら、本当に恐い。

(「…アレンでも、ダンスパートナーの悪口を言われたら、怒るんだ…」)

 アレンとカターナ王女を羨ましいと思うと、もっと悲しくなってしまった。

 エルティーナの淡いブラウンの瞳は、涙の膜が張っていてこぼれ落ちそうなのを必死で我慢する。
 エルティーナも一応王女だ。カターナ王女の前では、絶対に泣きたくなかった。でるな。涙、でるな。と身体に力を入れていると。

 またもレイモンドが、胸をぽにゅん。と突いてきた。
 二回でも、三回でも、一緒。突然されたオープンなエロい仕ぐさにエルティーナの涙は引っこみ、悲しみも一緒に抜かれた。レイモンドは人の毒気を抜くのが凄く上手だった。

 自惚れではなく、レイモンドのこの行為はエルティーナを元気づける為だと分かる。
 胸を突かれても、かけらも男の欲が感じられないレイモンドに安心感が芽生え、笑みが自然に戻るのは当然と言えた。


 レイモンド様は優しい人だと、エルティーナはしみじみと思う。

 軽やかにステップを踏みながらも、ひたすらエルティーナを褒めちぎるレイモンドに、今日はじめて心から笑った気がした。