「そちが朝芳か。お主の評判を巷で聞いてのぅ」

 対面した殿様は、いかにも苦労知らずな弛んだ身体を贅沢な着物で包んだ、初老の男だった。
 特に何の才もなさそうだが、嫌な感じもない。
 人気絵師とはいえ一庶民に過ぎない朝芳にも、屈託なく声をかける。

「わたくしなどをお召し頂き、誠に恐悦至極にございます」

 我ながら、何と感情の籠っていない声なのか、と呆れたが、殿様はそんなことには気付かず、側近に命じて一枚の絵を広げさせた。

「これが、わしの目に留まっての」

 広げられたのは、朝芳の美人画だ。

「どことのぅ、綾姫(あやひめ)に似ておる。それで、お主なら綾の美しさを余すところなく描き移せると思ったのじゃ」

「……」

 朝芳は、さりげなく視線を外した。

「頼んだぞ」

 上機嫌で言い、殿様は緩慢な動作で去って行った。