目覚めた時、そこは私の知らない世界だった。景色、匂い。そして人も。でもそんな私を愛しそうに見つめる男女、そして遠慮がちに見つめる少年。

誰かなのも分からない、でも私は彼等を知っていて私を彼等は知っている。

でも思い出せない、身体が拒絶反応を起こしたように全身に激痛が走る。同時に視界が歪んで目に涙が溢れる。
『ゴホっ...ゴホっ…』
苦しそうに咳を込む私に慌てて駆け寄る2人…女性の方は心配そうに「大丈夫?」と声を掛けながら背中をさする。男性はというと慌てて近くのナースコールを押す。…どうやら此処は病院のようだ。

「大原さん、大丈夫ですか?」
慌てて病室に駆け込んで来た看護師の女性から出た“大原”という名前。そうか、私の名前は大原ヒナというんだ。やっと私の名前が分かった。
『あの…』
遠慮がちに声を出すと近くに居た3人は私の顔をじっと見つめた。でも何処か3人の顔には不安げな表情が見て取れる。
「わ、私先生呼んできますね」
慌てて看護師は部屋から出て行った。すると男性の方が声を掛けてきた。
「ヒナ、今日はリュウくんが来てくれたよ、ヒナの幼馴染みの。1年振りに帰国したから会いに来てくれたんだよ」
リュウと呼ばれる彼は照れたように笑みを浮かべて近寄って来た。

「ヒナ、久しぶり。」
ニコッと微笑み掛ける少年を見つめ小さく首を傾げる…誰だろう。分からない。でも返さないといけない。
『えっと…』
オドオドと声を出すと彼は近寄って来て頭を撫でてくれた。長い手に大きな手のひら、少し冷たい。…でも優しい。
「ヒナ、明日には退院出来るって。久々に俺も帰って来たし、一緒にヒナの好きな唐揚げ作ろうか」
「ヒナ良かったじゃないか、リュウくんの唐揚げを食べたら記憶が戻るかもしれないよ。じゃあ明日は皆で西野家に集まろうか」
「ヒナのお父さんとお母さん。彼処は“ヒナと俺”の家ですよ。西野家は多分今頃兄貴が王様になってますよ」
ヒナトオレノ?つまり彼は私の恋人か何かなのだろうか。そうではないにしても幼馴染み以上の関係であるのは確かだ。でもそれを3人は隠している。

「お父さん、そろそろ帰りましょう?久々に2人でのんびりもして欲しいし、ね?」
女性の方…私の母が父に合図を送る。父は慌てたように「そうだな」と告げると2人で出て行ってしまった。