その感覚に驚いて、私はバッとゼストから離れた。数字で表すとだいたい3メートルくらいかな。
あんな一瞬の出来事で心臓の音が大きくなる。
あんな一瞬で、こんなにも胸が苦しくなる。
「そんなびっくりすることじゃねーだろ。つーか何メートル離れりゃ気が済むんだ」
「……3メートルです」
道幅が広ければもっと離れたいくらいです。それにしても、よくもまあそんな平然とした態度でいられるものだ。私は平常心でさえ失いかけているというのに。
びっくりすることじゃないって……どの口が言ってるんだか。そりゃ本人は気にしてないようだけれども! このバックバック動く心臓、どうしてくれるんだ! 落ち着くまでにどれだけの時間を費やすと思ってんの。
……ほんと、こいつだけはとことんずるい。
「……話が逸れてます」
こいつのペースに乗せられては私がおかしくなってしまう。いやもう既に自分がわからなくなってるんだけれどもね。それ以上に、ということです、はい。
「元交際相手の場所とかわかってるんですか」
「目星はつけてある」冷静に答える彼。「つーかお前さ」
何かに気がついたように、彼は手に持っていた手がかりとなる写真から私へと目を移動させた。
……あ、やべ。嫌な予感しかしない。しかもこういうときの嫌な予感はだいたい当たっている。
「何でそんな堅苦しい喋り方してんだ」
「っ!! い……いえ別に…………」
はい嫌な予感当たりましたー! あっさりバレました、てへぺろっ☆……じゃなくて!
どどどどどどーしよう!
嫌な予感はしていたけれども対策とか言い訳とか何も考えていなかった自分に後悔が募る。あなたといることが気まずいです、なんてバカ正直に本人に言えるわけがない。言ったら一生の終わりだ。
「あとお前、最近俺のこと避けてただろ」
これもあっけなくバレた。ていうか、そんな余計な鋭さいらんわ!
「タ……タイミングの問題じゃないんですかね…………」
もちろんそんなことはない。だってゼストを避けていたのは事実だもの。はっ! まさかこいつ、同伴ってことにしといて私から何か聞き出すつもりなんじゃ……。
「あっそ」……なかった。
その短い言葉を耳にしてほっと少し安心したのも束の間、
「じゃあ何で敬語なのか、それくらい言えるよな」
私の考えは正しかった。一瞬でも安心した自分を今すぐ殴りたい。
「と……とりあえず子供捜しです! 誘拐された子供のことが最優先です!」
ほら行きますよ! とそいつの背中を押す。とにかく話題を変えなければ。この前みたいに問い詰められたんじゃ完全に私が負ける。
ふわっと彼の熱が背中を押す手に伝わる。どくん、どくん。
お前帰ったら洗いざらい吐いてもらうからな、という世にもおっそろしい小言が聞こえたけれども。