間もなく湘南の海に夜が明ける。彰夫はベッドに入ったものの、今夜も睡眠を完成できない。起きているのか、寝ているのか。浅くわずかな睡眠しか得られなかったが、これ以上ベッドにじっとしている事が出来ない。彼の生活の中ではこんなことはよくあることだった。頭に鈍痛を抱えながらも睡眠を諦めると、ジャンパーを羽織り片瀬西浜に出た。
 彰夫は砂の上に腰掛け、波の音と潮の香りを感じながら、徐々に白んでくる空を漠然と眺めていた。やがていつも通りの朝が来る。いつも通りの一日が始まる。彰夫のいつも通りは、決してポジティブな意味を持っていない。いつも通り、喜びも、悲しみも、興奮も、絶望もない一日がやってくる。感受性などと言う言葉をとうに忘れた彰夫にとってみれば、今この場で地球が消滅したとしても、そう、いつも通りなのだ。

「あんた、やめなさいよ!うわぁー、やだ!」
 徹夜で宴会に興じていたのか、酔ったグループの嬌声が聞こえる。見ると、男が海に向かって、チャックを降ろしているようだ。それを、仲間の女友達が面白がって騒いでいる。彰夫は、彼らの様子を漠然と眺めていた。興味もなく、恐れもなく、嫌悪もなく、もちろん歓迎もなく、ただ漠然と眺める。彼はいつからか物事をそんな風に眺めることが習慣になっていたのだ。やがてその中のひとりが、グループからはぐれて、自分の方に向ってきた。我に返った彰夫は、こんな一群に関わるとろくなことがないと考え、視線を外して白んでくる空を眺めることにした。
「あんた。」
 酔った女が彼を呼んだ。彰夫は無視した。
「あんた、呼んでるのに無視する気?」
 女は、足元の砂を蹴りあげた。座っている彰夫の顔に、砂がもろにかかった。
「うっ、ペッ!」