***





 フェルダン王国特殊部隊、入隊試験



 とうとうそれが行われる日がやって来た。





「あー緊張する...」



 長い白髪を一つにまとめ上げたルミアは、入隊試験という特異な緊張感につつまれ胸を高鳴らせていた。



 試験が行われるのは特殊部隊専用の闘技場であるため、場所に関して特に変わったところはない。



 本来ならば、ルミアが特訓に使っていた場所を試験場にすることは試験をより公平にするために避けた方がいいのだが、闘技場に設置されている魔導壁の関係でこの場所を使わざるを得なくなった。



 魔導壁とは闘技場内で使われた魔力の影響が外に漏れないように防御する壁である。



 そしてそれらには防御できる魔力値というものがあり、国内最大の魔力値を防御できる魔導壁が設置されているのが特殊部隊の闘技場なのだ。



 以前、ルミアの記憶を戻そうとしたジンノがその魔導壁を粉々にしてしまったこともあり、より高い魔力値を防御できるようにバージョンアップされた魔導壁が設置されている。



 おそらくこれでも規格外の魔力を持っているジンノやルミアの力を完全に制御することはできないだろうが、そのあたりは持ち前の圧倒的センスで完璧にコントロールしてしまうのだからすごい。



 ルミアはただ、ジンノやオーリングそして隊長のアイゼンと、試験という名目の試合を楽しみにしていた。



「ルミア」



 突然背後から名を呼ばれ、振り返る。



 そこにいたのはジンノだった。



 今日は長い前髪は後ろの髪と一緒にまとめ上げ、大きな傷を負っている左目はサングラスで隠している。


 
「おはよう、兄さん」



 ここはルミアとジンノの実家。



 下町の小さな教会の中の自分の部屋だ。



 壁一面が蔵書で埋め尽くされたルミアの部屋は、ルミアがこの世界からいなくなっていた十年間もすっとジンノが手入れをしていたのか、埃一つなかった。



「ゆっくり休めたか?」



 サングラスを外しながらそう尋ねる。



「うん、兄さんのおかげで昨日はぐっすり眠れたわ
 ちょっと緊張してるけど、今すごく楽しみ」



 焼けただれた様になっている左ほほにそっと手を伸ばしてルミアは答えた。



 大切なものを心から愛しむような甘い表情でルミアの頭を撫でるジンノ。



 きっとこの世界にいる誰も、ジンノのこんな表情を見たことはないだろう。



 自分だけに向けられる優しすぎる笑みに、ルミアも思わず微笑んでしまう。



「兄さん、ここにいていいの?試験官でしょう」



 ルミアの試験自体は昼からだが、試験官は事前に集まったりしないのだろうか。



「ああ、それは心配するな。打ち合わせは済ませてきた
 あとは時間通りに向かえばいい」



 そういうジンノ表情が若干いらつたように見えたのは気のせいだろう。



「そう。そう言えば、兄さん朝ごはん食べた?」



「いや、まだだが...」



「じゃあ今から作るから、待っててよ」



「...ああ」



 ルミアが笑顔を向けて、台所へ駆けていく。



 ようやく手に入れたこのありふれた日常を噛みしめるように、ジンノは目を閉じた。