木に登っている。


自分の幼い手先を見つめながら、思葉はぼんやりしている頭でそう認識した。


樹木独特の青黒い幹の瘤に、手と足を引っ掛けて落ちないようにしがみついている。


吸い込んだ空気にも、木特有の香りがしみついていた。



「下見るなよ」



足元から來世の声が飛んでくる。


今よりもずっと高くて、それで彼も幼くなっているのだと分かった。



「下を見るから余計に怖くなるんだよ。


上だけ向いてぱっぱと登ればそんなに怖くないぞ」



そんなことを言われても、怖いものは怖い。


あと少し、曲げた右足を伸ばして身体を持ち上げれば太い枝に届く。


けれど、それはつまりそれだけ高いところまで来たということだ。


わざわざ見て確認しなくても分かる。


余計な力がこもって身体がすくんでしまい、両手足をうまく動かせない。



「こっちだ」



困り果てて泣きそうになっていると、やはり幼くなった別の声、行哉の声が頭上から降ってきた。


それと同時にうっすら小麦色になった手が伸ばされる。


行哉は日にかぶれるように焼けやすい体質で、少しでも日差しが強いとすぐに浅黒くなるのだ。


そして、なかなか元の肌の色に戻らないという難点も持っている。


まだ夏休みに入ったばかりなのに、行哉の肌はもう真夏を過ごしたかのようにすっかり黒く焼け、それが男の子らしい逞しさを強めていた。


あの手に捕まれば大丈夫だ。


思葉は迷わずその手に触れた。