「検品が終わったら、伊藤と松原は、ショウウインドウの服着せてね。そこのドレス使って、アクセは自分で工夫して」

「はい」

「そこの新しい子」

 まだ名前を覚えてもらっていないらしい。

「や、山川です」

「あら、田舎の子っぽい名前ね」

 ほっとけ。

「あなた、ちょっとこっち来て」

「……はい」


 となりのデザイナー室に通された私は、ちょっと緊張していた。

 一応私はデザイナー志望だったので、こんなに近くで憧れのデザイナーの先生の仕事場を見ることができるだけで興奮した。

「あなた本当にいい顔するのよね」

 気が付いたら先生の顔がものすごく近くにあって、ドキッとした。やっぱりイケメンさんだ。なのにオネエなんて、残念すぎる。もったいない。

「もったいないわぁ」

「え?」

 私の心を読まれたのかと、驚いた。

「だっさいのよね」

 私の顔に息がかかるくらいの勢いで、「だっさい」と言い放たれて、私はどう反応すればよかったんだろう。

「私と来なさい」

 先生に手をつかまれて、店から出て5分ほど歩いた先の美容室に押し込められた。

 美容師のお姉さんはくすくす笑って私の髪をセットし始めた。

「あなたで、何人目かしらね。ちょっと気にいる顔の子がいると、すぐにここに連れてくるのよ」

「そ、そうなんですが」

「それがやりたくて、この美容室の近くに、店構えたんだから。あの人」

 気が付いたら長年伸ばしていた髪をバッサリと切り落とされていた。

 ショックは大きかったが、出来上がった自分の姿を見て驚いた。鏡の中の自分は別人だった。

「あなたホント磨きがいがあるわね。これであの人の服も、似合うようになると思うわ」

「え?」

「知らないの?あの人、自分のデザインした服が似合う人しか、自分の店に入れないことで有名なのよ」

 私は、顔で選ばれたのか……。

 あの人の服を着る顔もデザインの一部という事らしい。すごいデザイナーっていうのは、とことんこだわらなくちゃいけないんだなと、一つ勉強になった。


 次の日は店のオープンの日だった。店は賑わい、商品がどんどん売れていく。

 先生目当てに来るお客さんも少なくなかった。まあ、黙ってればイケメンだからね。

「伊藤、レジに入ってあげてね~。」

 しゃべるとこれだ。たいがいのお客さんはびっくりしてひそひそ言い合う。帰ってしまうお客さんもいた。

 先生も黙っていればいいのに……。


 次の日、また先生に呼ばれ、私はデザイナー室にいた。新しいデザインを考えるから、そこにいろと言う。

 検品がまだ途中なんだけど……。

 先生は私の顔をじっと見ていた。

「あなたの顔好きだわ。」

 そう言って近づいてくる。私もこの人の顔だけなら大好きだっ。

 大きな手が私の顔のそばに来て、少しドキドキしてしまった。この間のこの腕の感触がよみがえって、胸がきゅっとなった。私の顔にかかった髪を手ぐしで少しかき上げる。

 この大きな手は男の人の手だ。断じてオネエにときめいたわけではない!と、自分に言い聞かせた。

 顔が熱くなり、ちょっと下を向くと、先生は私の耳元に顔を近づけた。

「何ドキドキしてんだよ」

 その声は、いつものオネエの声ではなく、まぎれもなく男の人の声だった。

 私は飛び上がりそうになった。

「やーね、オネエにときめかないでくれるぅ~?」

 そう言いながらパッと離れて、

「仕事に戻りなさい」

 と、顔も見ずに言われたので、私はあわてて部屋を出た。


 仕事に戻ると、先輩の松原さんが話しかけてきた。

「今の先生のお気に入りは、あなたみたいね。前は私だったのよ。私も美容室に連れていかれたり、服のデザインのために部屋に呼ばれたりしたわ」

「そ、そうなんですか」

「もうしばらくしたら、また新しい子連れてくるんじゃない?店にいる子が自分の思った通りになると、とたんに興味なくなるみたいよ」

 ちょっとほっとしたような、残念なような感じがした。

「ほら、あなた達、手が止まってるわよ」

 たくさん布を抱えたパタンナーの伊藤さんは、そう言いながら私をじっと見た。

「先生の気まぐれにも困ったものだわ」

 私と松原さんはあわてて、仕事に戻った。でもどうしても気になったことだけ、こそっと聞いた。

「松原さん」

「なあに?」

「先生って本当にオネエなんですよね」

「あたりまえじゃない、何言ってるの?」

 あの人の、あの「イケメンボイス」が耳に中に残っていた。