広海くんのアパートに着く直前まで、いろんな不安が襲ってくる。

ここまで何の連絡もなしに来たけれど、部屋にいないかもしれない。
部屋にいても、誰かが来ていて追い返されるかもしれない。
部屋に入ることが出来ても、うまくいかないかもしれない――。

暗い夜道をひとりで歩いていると、悪いことしか頭に浮かんでこない。
泣いてしまいたい。逃げ出してしまいたい。

だけど、現実には私の代わりに私を助けてくれる人なんていないんだから。
誰も……。

そう言い聞かせても、アパートに着いたというのになかなか足が動いてくれない。
徐々に顔が下を向くのをグッと堪え、アパートの一室を見据える。

今、頑張らなきゃ。
これを逃したら、たぶん――いや、絶対、後悔する。

お願い。勇気をください。

こんなに強く、誰かに縋るように念じたことなんかない。
神様にだって、全身全霊かけて願ったこともなかった。

私は震えるのを誤魔化すように力を込めた両手にスマホを握り、電話帳を開くと視線を落とす。

【カエル急便】という文字を目に焼き付け、そのままスマホを胸に押し付ける。
そして、ついに一歩踏み出した。

広海くんの部屋の前で両足を揃え、ゴクリと喉を鳴らしてインターホンに指をかける。
ボタンを押してしまえば、もう引き返せない。

深呼吸をして、冷たい指先でボタンを押した。

『はい?』
「……っあ! わ、私! 茉莉です」
『……茉莉?』

上擦った声で名乗ると、広海くんは少しの間の後、驚いた声を漏らす。

心臓の音がうるさい。
耳のすぐそばで聞こえる鼓動に押しつぶされそう。

玄関のドアがゆっくりと開き、部屋の明かりが一筋伸びる。
そこから顔を覗かせた広海くんを見た瞬間に、頭の中が真っ白になった。

元々完璧な言葉を考えてはなかったけど。
それでも気持ちだけはしっかりと決めてきていたつもりだったから。