ケータイ小説 野いちご

この作品のキーワード

たとえば、愛とか。

【番外編】古往今来


あまり深く考えたことはなかった。

靄のかかったような毎日の続きがその一瞬一瞬で、それが現実なのか夢なのかなんて正直大した問題じゃなかったから。

“児童養護施設”という名の場所にいる自分を恥じたことはないし、そうさせたであろう原因の親に対しても怨恨の感情は当時から持ち合わせてなかった。

それはいいことなのかどうなのか。
感情の起伏のない俺に、面倒を見てくれる大人は正直やりづらいと思っていたに違いない。

そこでは子どもがよく入れ替わる。
新しい顔もあれば、度々戻ってくる奴もいた。
それは当然、その子どもの責任ではないのだけど。

「いちや。なによんでるの?」
「……本」
「そんなのわかるよ! どんな本?っていみじゃん」

まだ十にもならない時には俺はそこにいた。そして、隣には四つ下の女の子。
名前は杏(あん)。

「杏はまだ字が読めないし、どうせわかんないよ」
「~~いちやのばかっ!」

丸い顔をさらに丸くさせて、いつも手にしているクマのぬいぐるみを抱きしめながら去っていく。その後ろ姿は5歳児と思えないほど女だったりもして、俺も子どもながらにいつも愕然としていた。

なぜか懐いてくる杏は、後から思えば俺にとってもほかの奴らとは違う、ちょっと特別な存在になっていたのかもしれない。
なんて、そんなこと、その時にはこれっぽっちも気づいてなかったけど。

杏は度々戻ってくる方の子どもで、だからか別れの言葉を切り出されても、いつものことだとさほど本気にしてもいなかった。
だけど、ある日の別れから杏は施設に戻ってはこなかった。


< 160/ 167 >