ケータイ小説 野いちご

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たとえば、愛とか。

e.g9:一期一会



あれから約一カ月経つ、休日。

お昼を食べる前にもう一箇所。……そう思って尋ねたところだった。

AKT事務所……。二階、か。
そこは、昼だというのに薄暗い階段。人ひとりすれ違うのがやっとという幅の階段を上るとすぐに、AKT事務所という看板が掲げられていた。
その扉に緊張しながら歩み寄り、ドアノブに手を伸ばしかけた、その時。

「お昼買ってきます」
「あっ」

事務所の人にそう声を掛けながら出てきたひとりの女性に驚いて声を上げてしまった。

視線がぶつかった後、みるみる内に目を大きくさせて私を見つめるその人は、彼女だ。

「あ……えと……田中裕子さん、じゃなくて……みのりさん、で、いいんでしょうか?」

扉を半開きのまま、固まってしまったみのりさんは、ハッとしてバタンと事務所のドアを後ろ手で閉める。
それから私を一瞥して、スッと鮮やかに横切って行った。

「えっ、あ、ちょっと待って……!」

階段に差し掛かるところで呼び止めたけど、みのりさんは足を止めてはくれない。
急いで後を追って階段を降り、通りを歩き進める彼女を必死で追いかける。

「す、少しでもいいので、お時間頂けませんかっ?」

ここで振り払われたらもうおしまいだと思うと、滑稽なくらいに必死になってしまう。
見向きもされてないのに、それでもくらいついてもう一度懇願する。

「やっと見つけたんです!」

渾身の思いを伝えると、ようやくみのりさんが立ち止まってくれた。
目を逸らさずにいると、ちらっと横目を向けられてから、すぐ側の喫茶店に顔を逸らされる。
一瞬期待してしまっただけに、そんな小さな対応でも焦りが出てしまう。

なにをどう伝えれば、この思いが通じるのかと懸命に思考を巡らせると、「はぁ」とため息が耳に届く。
顔を再び上げると、今度はきちんと正面から私を見て、みのりさんが言った。


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