ケータイ小説 野いちご

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たとえば、愛とか。

e.g1:存在価値

私には、必要としてくれている人がいる。




「茉莉(まり)。今日飲み会あるんだけど、ちょっとキビシイんだよな」

決してお世辞にも綺麗とは言えない、乱雑な部屋。
ワンルームの狭い玄関でパンプスに足を入れるなり、背中から聞こえてきて振り向いた。

そこに立つ彼は、大きな手を合わせて私を拝むようなポーズをとっていて。
そんな姿に、私は躊躇うことなく肩に掛けたカバンから財布を取り出しては、一万円札を無言で差し出した。

「サンキュー、茉莉! 愛してる」

スッと私の手からそれを受け取るなり、ギュウッと背に回した腕に力を込めて抱きしめられる。
腕や体に痛みを感じて、彼の煙草臭い胸の中で顔を歪めた。
けれど、その不快感を出すことなく、「じゃあ、また」と私はニコッと笑ってアパートを出た。

天気はいい。清々しい朝だ。

彼氏である広海(ひろみ)くんのアパートから直接仕事に向かうのは週に一度か二度ある。
普通、彼氏の元から朝帰り……なんていうのは、もっと気分は明るくて、充実したような気持ちになるのかもしれない。

……でも、私はそういう気持ちになれてないんだと、ふと思う。

それをなるべく考えないように、気付かないふりをして、今日も私は仕事に向かう。

最寄りの駅に着くと、最後尾について列車を待つ。

ああ。今日も同じ一日が始まるんだなぁ。


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