ごくごく普通の家だった。お母さんがいて、お父さんがいて、私の3人家族。

言い合いはしょっちゅうだったし、お互いに不満もあったんだと思うし、でもそれなりに仲は良かった。
そう、お父さんの酒癖を除けば。

その日はお母さんはおばあちゃんの家に行っていて、お父さんと二人きりだった。
私は、お父さんの気に触ることをして外に追い出されていた。

雨が降っていて、すごく寒い日だった。あたりはもう暗闇に包まれていた。
私はカタカタと震えながら、お父さんの怒りが静まるのを待っていた。人はときどき通るが、不審そうに私を見て素通りしていく。

お母さんはよく言っていた。「好きだけじゃどうしようもできなくて、好きになったことを後悔することもある」と。
まだ、あの頃の私には難しくて理解ができなかった。今なら、少しわかる。

寒くて、寂しくて、辛くて、苦しくて。私は小さく丸まって玄関の前に横になる。ご飯だって、食べてない。お母さんがおばあちゃんの家に行くのも初めてのことだった。

闇に包まれて、少しずつ眠くなってきた。
「なにやってんの?」
光が私を照らす。私は起き上がり、目を細めながら声の主を見る。
「お父さん、怒らせて……」
「母親は?」
「おばあちゃんのとこ」
その人の顔はよく見えない。細くて、かっこいい人だなと思った。

「寒くないの?」
「少し、寒い……」
私がそう言うとその人は私のそばに来て、ジャンバーを私に放り投げた。

いいにおいがする。
「着てれば?」
私はその人のジャンバーをぎゅっと抱きしめた。
「...あったかい......」
私は小さくつぶやいた。

家のチャイムが響く。
「すみません」
ドンドンと荒々しく玄関のドアを叩き続ける。私はぽかんと口を開けながら、彼女の行動を見てた。

私はぼんやりとしてきた意識の中で、女の人の行動の意味を考えていた。
怒らせたのは私だから、お父さんを怒らないでほしい。また、酔いが覚めたらなでなでしてくれる。ごめんねっていっぱい謝ってくれる。

私の意識は少しずつ遠のいていった。