雪絵さんの顔はどんな顔なんだろう。
僕の顔はどんな顔なんだろう。
僕は一人でそんなことを考えていた。

ガチャリと玄関のドアが開く音がする。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「んー?なにか良いことでもあった?」
母さんがクスクスと笑う。

「保健室の先生と女の子と仲良くなった」
僕は今日のことを簡単に、母さんに説明した。栗山先生のことはあまり話さなかったけれど、きっとそれでいいはずだ。
「そうだったの?よかったわね〜!」
そう言いながら、母さんも嬉しそうだった。

「晩ご飯、急いで作るからね」
「急がなくてもいいよ。
なんか、すごい眠いんだ」
僕はあくびを噛み殺しながら言う。
「そう?
顔色がよくないけど、うどんにしとく?」
母さんは、おでこを触るよと言いながら僕の額に触れる。

母さんの手は冷たくて、気持よかった。
「先にお風呂にしよう。準備するから、ひーちゃんはお風呂の用意して?暖かい服にしとくのよ?」
僕は頷きながら、部屋に向かう。

下着とパジャマとカーディガンを持ってリビングに向かう。
「できた?もうすぐ、お風呂沸くから待ってね」
母さんのパタパタと走り回る音。僕はその音が好きだった。

僕の事を大事にしてくれていると、わかるからだ。近くに母さんがいるだけで、どんなに安心できるだろう。周りからどんなことを言われても、どんな視線を浴びせられても、母さんは僕のことを守ってくれる。僕のことをちゃんと知っていてくれる。

お風呂が湧いた音が流れる。
「よし、行こっか」
僕は支度したものを持ってお風呂場に向かう。

お風呂は僕にとって危険がたくさんだ。
泡や水で滑りが良くなっているし、のぼせてしまうと危ないし、気をつけなければいけないことがたくさんある。

ただ、洗うということはできる。石鹸類の位置やシャワーの位置を毎回一緒のところに決めておけば出来るのだ。
お風呂のお湯やシャワーやお湯の温度は、母さんが一定に設定してくれてあるので火傷をする心配もない。

シャンプーをプッシュするときの上にボコボコがあるからリンスと間違えることはないし、ボディーソープにはネットが付いているからリンスと間違うことはない。

母さんは本当に危ない時以外は、必要以上に手を出してこない。それは、僕が将来困らないようにするためだと小さい時に言われた。
余程のことがない限り、母さんは僕より先に寿命を迎える。母さんがいなくなったあと、僕が何もできないとなると僕は介護施設に向かうことになるだろう。

施設でずっと暮らすにもそんなお金なんてないし、頼れる身寄りもないし、生活力と自立性を持っていたほうがいいと母さんは言った。

ゆっくりと湯船に浸かる。
「じゃあ、ご飯の用意してくるわね」
母さんは僕の頭を撫でて、浴室を出ていく。

僕の入浴時間は15分から20分だ。のぼせてしまうと、母さんが一人で僕を浴槽から出さなきゃいけないことになる。それに、もともと長湯が苦手なのでなんと反論もなかった。なにより、母さんが楽だというならそれでよかった。

時間はタイマーで測ってくれるし、何かあったら呼ぶようになっている。
僕は湯船に浸かりながら、雪絵さんのことを考えていた。

なぜだか、彼女に興味があった。きっと初めて人と関わったからだと思う。それ以外の意味はないはずだ。

僕はぼんやりと湯船に浸かっていた。疲れたわけではないけれど、身体がだるかった。
「……きもち、わるい」
僕はブザーを鳴らす。


「ひーちゃん!?」
母さんの驚いたような声。
「顔色悪い、ごめんね。お風呂やめておけばよかったね」
「だい、じょぶ」
僕は立ち上がる。

「フラフラしない?」
少しだけフラフラするけれど、僕は小さく頷く。
身体を拭いて服を着ていく。

「ご飯食べれそう?」
「わからない」
とりあえず、リビングにやってきた。
「スポーツ飲料を買ってくるから、食べれそうなものがあるなら教えて?
少しでも食べれそうなら、食べて薬を飲もう」
「平気だよ、多分」
冷たいお茶を飲みながら僕は笑う。

「明日、学校休もう?」
「いやだ」
僕は即答してしまった。
「……せっかく、仲良くなれたんだ。
休みたくない……」
僕は小さな声で告げる。

「うん、わかった。
でも、体調悪くなったらすぐ母さんに電話するように先生に頼むけどいい?」
「うん。ごめんなさい」
僕が謝ると母さんは笑った。

「お友達、出来てよかったね」
母さんは僕の頭を撫でながら笑った。
僕はうどんを食べれるだけ食べて、薬を飲んで横になった。