シュー、ガタン。

ノンステップバスの床が斜めになって、
乗車する人が乗りやすいように地面に近づく。

それでも少したかいそこに大きめに右足を上げて、
習い事のカバンを体の横にずらして乗り込む。
それからいつものようにバスのカードを専用の機械にかざして、
近くの空いている席に両手を使って登って座った。

シュー、ガタン。

斜めっていたバスが戻って、発車する。
曲がる度にゆらゆら揺れる車内の中で、
もう見慣れた窓の外の景色をボーッと眺める。

今日はすこしレベルを上げた曲をひくんだっけ…
あ、ねこさんだ。

どこかのんびりした小さな少年は、
習い事であるピアノ教室に向かっていた。

あまり表情の変化が見られないが、
これでも大好きな猫を見つけて心が踊っているのである。

身体の前で抱えているカバンの中には
今ピアノ教室で課題にされている練習中の曲の楽譜が入っているのだが、
それがとても大きな物に見えてしまうほどにその少年は小柄だ。

しばらく外を眺めていた少年はいくつかバスが停留所を過ぎ、
アナウンスされている次のバス停の名前を聞いてハッと目を開いた。

どうやらその停留所で降りるらしい。

少し驚いた顔をした後、
小さな口からホッとため息をこぼして、
うんしょと少し高い席を降りた。

一度大きくバスが揺れるのを近くの棒を掴むことでやり過ごすと、
空いたドアの近くの機械にまたバスのカードをかざして降りる。

なれた手順を踏んで降りた先、
これまたピアノ教室までのなれた道をゆっくり進んでいった。

見慣れたピアノ教室を見つけて、
なんとなく少年の頭の中に一人の女の子が浮かんだ。


『アキちゃん』、今日はいるかな。
…いたらいいな。


本人は気づいていないが、
心なしかその足取りはさっきよりも軽かった。