神室の家に生まれた女は不幸だ。

母はそう言って、わたしを可哀想だという眼差しで見つめた。母は誰もが羨む程の美人で、日本屈指の財閥である神室の娘に生まれ、何不自由ない生活を送ってきた。
けれども母は、幸せでは無かった。


わたしの母、神室 星羅 Kamuro Seira は気品の有るお嬢様気質だった。神室家の娘としての立場を幼い頃から理解しており、その運命に抗うことを愚かだと考えてすらいた。

母は25歳の時、自身の婚約者であった男と結婚した。そしてわたしが生まれた。
母も父も、わたしを愛してはいない。だって二人はお互いすら愛してはいないのだから。


母の婚約者、九科 和威 Kusina Kazui には恋人が居た。そして母にも、九科 和威ではない本当に愛している男が居た。
二人は、お互いに家のために婚約を結び、虚構ばかりの夫婦となった。

そんな虚構の夫婦の間に生まれたのが、神室 透華 Kamuro Touka という名の女の子だった。両親の美貌を受け継いだその女の子は、17年という月日の中で神室に生まれたばかりに、波乱の人生を送ってきた。


時は、四年前に遡る……。










……中学に進学して数週間。わたしは相変わらず、仮面を被ったままの日々を過ごしていた。
中学では神室家の娘ということを伏せ、苗字を『七見 Nanami 』と名乗り素性を隠した。

七見は母方の祖父の姓で、神室の力を使えばこういうのは造作もないことだった。昔から、両親はわたしが神室の姓を名乗るのを嫌がり、神室 透華という存在が知られるのを良しとしなかった。

その結果、わたしは親族の中でも殆ど認識されない存在となっていた。


「透華、おはよう。相変わらず朝は弱いんだね。」


「…お早う御座います、亜夜ちゃん。」


遅刻ギリギリの時間帯に教室に駆け込んだわたしに、前の席の亜夜ちゃんが苦笑しながら声を掛けた。話を続けようとした所に丁度、担任の先生が来たから会話は中断する。

香坂 亜夜 Kousaka Aya ちゃんは、わたしが唯一親しくしているお友達だ。美人で優しい亜夜ちゃんは、いつもわたしを助けてくれる。
見た目が派手な亜夜ちゃんと、遠巻きにされているわたしは、孤立している。

わたし達は、たった二人の友達だ。