誰もいなくなった波戸でナシェリオはそよぐ潮風を浴びていた。

 頑丈には造られているものの、木製の波戸は凪いだ海の波にもどこからか微かなきしみを上げる。

 波間を漂う流木にどこにもたどり着けぬ我が身を重ね、耳に伝わる海鳥の鳴き声が妙に愛おしく胸にこだました。

「何か用か」

 まどろみから目覚めるように発すると、乱暴に積み上げられた木箱の影から老齢の男性がゆっくりと姿を現した。

「さすがですな」

 その老人は六十代後半ほどだろうか、手入れされた肩までの白髪と白く長い髭、ブラウンのローブは長く引きずるほどだが良い品である事が窺える。

 それ相応の立場にいる人物かもしれない。

 ナシェリオは、何がさすがなのかと肩をすくめて老人の黒い瞳を見つめた。