あれは高校2年の頃だったと思う。

ちょうど紫陽花が咲いてて、ジメジメした雰囲気を和ませていた。
窓際の席でボーッと雨で濡れていく校庭をながめていたら、隣の陽子に話しかけられた。
「ねえねえ、昨日の『轟ですよ!』見た?」
陽子はアイドルグループ「轟」のメンバー、小西圭の大ファンだ。
今もプリントファイルの中の彼が頬に手をおいてこちらを見ている。
「ちょっとだけ見たよ。ゲストは誰だったけ?あの…映画に出てる……」
その時、チャイムがなった。
「ヤバい!次、音楽じゃん!移動しないと」
あわただしく出ていく生徒。
私も陽子とともに焦りながら支度をする。
ただ、私は少しブルーだった。
今、授業で習っているギターの課題曲が全く弾けないのだった。どうも、音楽の才能には恵まれていないらしい。

つまづきそうになりながら、教室を出て階段を下りた。
陽子は走るのが早く、とても追いつけそうにない。
少し小走りになりながら職員室の前を通る。
チラッと見るかぎり、担当の小鹿先生は誰かと話している。
どうやら、遅刻はせずにすみそうだ。

ホッとしながら歩く速度を落とすと職員室から出てくる誰かとぶつかった。
「すみません!」
反射的に頭を下げた。
「ああ、こちらこそごめんなさい。どうも久々に来たものだからぼんやりしてたみたいです」
顔を上げると黒いスーツに紙袋を持った男が気まずそうに頭をかいていた。
「大丈夫でしたか?」
心配そうにこちらを見る顔には戸惑いの中に慌ててるような感じがあった。
細面で目が大きいのに、不思議と丸い感じがする。体格も肩幅は広いがスラッとしているのに、なぜか柔らかい雰囲気を漂わせている。
「大丈夫?」
私が答えないので、少しかがんで聞いてきた。
「だ…大丈夫です!ごめんなさい!」
私はまた一礼すると、一目散に走った。

階段を2つ上がって音楽室の席に着くと左胸の鼓動がうるさかった。
「ねえ、どうしたの?」
隣の陽子にはなんでもないと言いながら、私の鼓動は止まるどころか激しくなっていた。
私はなぜか彼の顔が頭から離れなくなっていた…