「ねぇ、あなた。奥さんと別れる気、ないでしょう?」





 スーツを着た彼と、ムード重視のラブホテルの一室で深いキスを交わした後。あたしはただなんとなく、ほろ甘い雰囲気に酔っている彼に尋ねた。

 彼は明らか不機嫌そうに、眉を寄せて顔をしかめる。背の高い彼は、あたしを見下ろし言った。




「そんな訳ないだろう。もう離婚を切り出している。あとは妻が納得すれば……」

「嘘ばっかり。だって、あなたの唇、甘ったるい味がしたもの」





 ホテルに来る前、奥さんから貰ったミルクチョコレートでも食べたの? 好奇心で訊いただけなのに、図星だったのか、彼は目を逸らした。

 暗い部屋の中。彼の唇が、面倒くさい女だ、という言葉を形作る。

 あたしの着るバスローブの裾が、どこからか入ってきた隙間風に煽られて、ゆらりと揺れた。





「……あたしも持ってきたよ? ビターチョコレート。手作りではないけれど、高級だから、食べてよ」

「や……」





 彼が渋い顔をする。

 ほらね、やっぱり。奥さんのミルクチョコレートは受け取るのに、あたしからのビターチョコレートは受け取らない。それはどうしてなのかしら。

 ねぇ、あなた。

 苦いのは、嫌い?

 問いただしてみたくなるけど、その気持ちを我慢して、彼に微笑みかける。

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