突如、女の人の叫び声が聞こえた。そこからはもう、本能の赴くままだった。

「やめてください!」
そう叫んだ女性の瞳には、今にも溢れんばかりの涙が。


「女の人、嫌がっているじゃないですか。」

花織の声が、野次馬たちの輪を切り裂いて、通りに響く。

「貴様、何者だ。」

女性を囲んだ男達の視線は一斉にこちらへ向けられた。

「あなたたちみたいなひどい人たちに教える名前なんて私にはありません!」

正直怖いけれど、ここで勇気を出さないで、いつ出すの?


「貴様、生意気言いやがって!」


私の言い方に腹が立ったのだろう。

叫んだ男の手は腰に下げた柄へとかけられた。

このままでは、危ない。
花織は、手に持っていた竹刀袋から木刀を取り出して構えた。

途端、白い刃が降ってきた。
それをなんとか受け止め、条件反射のように、酷く肥えた男の脇腹ーーーーーーーーー剣道でいう胴を叩いた。
勿論、彼は腹を抑え、その場に倒れた。
なんとか仕留めた。
油断するのが少しばかり早かったようで。
呼吸が苦しくなったとおもうと、首に冷たい何かが当てられる感触がした。
茜色の光を妖しく輝かせるもの。それは、本物の刀だった。
今、動いたら確実に死ぬ。
そう思うと、懐かしい思い出たちがスライドショーのように鮮やかに、しかし淡白に流れていった。
「花織ー! 今度いつめんでスタバ行こう!」
梨花をはじめとするいつも一緒にいた親友たち。
「松田! もっと真面目になれよ〜」
いつもからかってきた先輩たち。
「面あり! 勝負あり!」
全国大会での勝利の瞬間。
どれもこれも掛け替えのない宝物だったということに、やっと今気がついた。
まだ、やりたいこと、見たいもの、話したいこと。いっぱいある。
こうなるかもしれない覚悟を決めずに、浅はかな行動を起こした自分が、情けなかった。
一筋、涙がこぼれたと思った時、呼吸が復活した。
後ろを見ると、真っ黒の服を着た男性が。
そして、花織の前ではいくつもの浅葱色が冬晴れの青空を作っていた。
しかし、それは空ではなく、布だった。
浅葱に白のだんだら模様。
幼い頃からの花織にとってのヒーローが身につけていた羽織と同じものであった。