刺青の事を指摘されて俺は焦っている。何故だ。当たり前だが、背中の刺青を見た時マコは後ろを向いていた。
 意図的に見せたのか。いや、そんな感じには見えなかった。兎にも角にも早く返事をしなくては!
「なんで?」
 俺は焦って間違った返事をした。これでは見たと言っているようなものだ。
「ターカって嘘つけないんだね。」
 マコはクスッと笑った。
「はい。見ました。」
 マコが笑ったのを見て安心したので、俺はあっさり白状した。見たことを怒っているわけではないようだ。
 冷静に考えればそりゃそうだ。俺は刺青を見ただけだ。それで怒る奴はいないだろう。ただ俺が刺青を見た事を知らないと思っていたマコが、それを知っていたので俺は焦っただけなのだ。
 マコの顔は優しかったが、目は真剣そのものだった。
「何故、私がターカを助けたのかって訊いたよね?話さないつもりだったけど、話したくなっちゃった。聞いてくれる?」
 なんだろうか。俺が思っているよりどうやら複雑な話らしい。
 俺は黙って頷いた。
「私、人の過去が見えるの。心も見える。」
 なるほどわかった。こいつは頭がおかしいのだ。もしくは自己顕示欲が超強い自称霊感あります女だ。俺はジトーっとした目でマコを見た。
「信じられないのはわかってる。待ってね。今証拠を見せる。」
そう言うと、マコは目を閉じてスゥーっと深呼吸した。
 眼球が動いている。何かをまぶたの裏で必死に観ようとしてる感じだ。
 はっきり言って全然信じてないが、あまりに真剣なので俺は何も言えなかった。
 マコがゆっくり口を開いた。
「ターカは最近大事にしていた物をなくした。
カバンの中を調べてみて。必ず見つかる。」
 んん…?もうすっかり諦めていたが、確かになくし物はした。だがカバンの中は散々探したのだ。俺はベッドから出ると、部屋の電気をつけた。
 半信半疑でカバンを取りに行き、マコの前でカバンの中身をぶち撒けた。マコはベッドに腰掛けたままこっちを見ていた。
 少し期待はしたが、俺がなくした物はやはりなかった。
「ない。やっぱりないぞ。」
 マコは表情一つ変えず。
「カバンの中にまだある。」
 やれやれ。あるわけないだろ…。俺はカバンの中に手を突っ込んでみた。
 あれ?前に探した時には気付かなかったが、カバンの裏地の一部が小さく破れている事に気付いた。
 俺は破れた裏地に指を突っ込んだ。布と布が重なってなかなか指が前に進まない。
 ん?指先に冷たい感触があった。何かに手が当たった!それを中指と人差し指で器用に掴み、ゆっくり引き抜いた。

!!!!

 出てきたのは確かに俺がなくした万年筆だった。実家に居た時に奮発して買ったものだ。
 誰にもなくした事は話していない。何故わかる。なんだか恐ろしい。手が震えてきた。
「どうして知ってるんだ!?」
 マコは得意げな顔をしている。
「知ってるんじゃないよ。いやー。見えちゃうんだよ。フフフ」
 マコは間違いなく今日が初対面だ。マコが隠したという事もないだろう。可能性を隅々まで探ってみたが、本人が言う通り、過去が見えるという答えが一番しっくり来るような気がする。
「スゲー!信じる!詳しく聞かせてくれ!」
 俺は掌をそれはそれは華麗にひっくり返した。
「コホン!良いでしょう。」
 マコはふざけていたが、急に真剣な顔になった。おそらくふざけて話すものではないと判断したのだろう。
「過去も心も見えると言ったけど、幽霊みたいなものもたまに見える。
 でも漫画やアニメに出てくる超能力みたいに、すごく便利な力って感じじゃないの。
 見やすい人も居れば、全く見えない人もいる。見やすい日もあれば見にくい日もある。特に生理が近づくと見えにくくなるの。
 現にさっきもターカがなくし物をしたのは見えたけど、何をなくしたかまでは見えなかった。
 見え方も様々。声であったり、映像であったり、感覚であったり。」
 俺はポカーンと口を開けた。なるほど、マコの異常な感の良さにはこんな秘密があったのか。
 つまり倒れている俺を助けた理由は、俺が倒れている原因が見えていたと云う事なのか。俺の事情を聞かずとも理解していたのだ。だからこんなに親切にしてくれたのだ。
 …待てよ。それって俺がさっきまで考えていた『ヤれるかも』というゲスい考えも見えていたのか。
「見えやすい人と見えにくい人がいるって言ってたけど、俺はどうなの?俺の心は見やすいのか?」
「えー…えーと。ターカは見えにくい方だよ。うん。」
 絶対嘘だ!!今は俺がマコの心が手に取るようにわかる。マコは非常に気を遣っている!!あんまりエロい妄想してたもんで、それを大っぴらにしては可哀想だと心の中で言っている。
「そ、そうなんだ。ハハハハハハ。」
 取り敢えず笑っとこう。
「私、昔はこういう発言のせいでいじめられたり結構したんだ。親にも気持ち悪がられちゃって。だからこの事はここに引越して来てからはターカ以外に話してないの。」
 そうだよな。自分の考えがバレるのは一種の快感もあるが、その殆どが恥ずかしい、または気持ち悪い事なのだろう。
「なんだかマコの秘密が知れて、すごく嬉しく思うんだけど。なんで俺には話してくれたんだ?」
 これ以上エロい妄想をされるのを阻止する為の暴露だったのだろうか。
「理由は3つ。調子が良い悪いに左右されるから、普段は力の証明が難しいの。『人の心が読めます』って宣言して失敗したら一発で異常者扱いされちゃう。でも今日はすごく調子がよかったの。
 もう一つは万が一失敗しても『冗談でーす』って言えばターカなら許してくれると思ったから。
 最後の一つはターカの過去は見たのに、自分の事を話さないのは不公平な気がしたから。」