「何だそりゃ?それも昨日の女が関係してんのか?」
 そう言いながらアキラは帰り支度をしている。
「そうだ。でもアルファベット表記は自分で考えた。」
 俺は机の上に置いてある爪楊枝を咥えた。
 そのまま伝票を持ってレジへ行く。会計は8000円ほどで済んだ。よかった。本当によかった。
 店を出ると夜風が気持ちよく吹いていた。さっきよりは人通りも少ない。
 俺達はアキラの家に向かって歩き始めた。
 この街は海と山に挟まれており、街の中心には中華街がある。アキラの家はその中華街の近くだという。
 のんびり歩いているとアキラが言った。
「お前、そのマコとかいう女に惚れてんのか?」
 俺もそれを考えていた。でも惚れているのとは少し違うような気がする。
「なんというかな…。ファンというか。尊敬してる感じかな。」
 自分の口から尊敬という言葉が出てきた事に驚いた。学生の時から尊敬している人は誰だと聞かれる度に困っていた。なんせ、いないのだから。
「ほ~。よくわかんねぇな。」
 そりゃわからないだろう。俺だってよくわかっていない。
 しばらく歩くと中華街の立派な門が見えて来た。よくよく見渡すとこのへんはいいマンションが多いような気がする。
 俺とアキラが中華街の門の横を通り過ぎようとした瞬間だった。

 ガシャーン!!!!

 ガラスの割れる音がして、驚いた俺は咥えていた爪楊枝を地面に落とした。
 門の中を見る。
 ショーウィンドウのガラスが割れて、そこに若い男が仰向けに倒れていた。上半身だけが割れたショーウィンドウを介して入店している。
 倒れている男はピクリとも動かない。 
 何やら数人の男が、倒れている男に対して中国語のような言葉で罵声を浴びせていた。そこから更に集団で暴行を加える。容赦無い。
 俺はさすがに止めないと危ないと思った。
「おっ…」
 声を出そうとした瞬間、アキラに口を塞がれた。そのまま俺を少し先まで引きずった。すごい力だ。
 ここが奴等から死角であることを確認すると、アキラが小さな声で言う。
「やめろ。関わるな。あいつら中華街のゴロツキだ。俺らとは感覚が違う。暴力をふるう事に抵抗がないし、パクられる事も恐がっていない。」
 近くに住んでいるからだろうか?アキラは奴等の事を知っていた。
「じゃあせめて警察を呼ぼう。いくらパクられる事を恐がってなくても、警察なら奴等を止めるくらいは出来るだろう?」
 そう言っている間にも、門の方からから罵声とガシャガシャと云う音が聞こえていた。
「バカ!俺は今クサ持ってんだぞ。変に関わって事情聴取とかはゴメンだ。」
 確かにアキラの言う通りだった。モヤモヤするが仕方ない。自分達は都合よく警察に頼る事は出来ない状況だった。
 自分の身がかわいいし、やっぱり放っておこう。
 俺はアキラの目を見て頷いた。それと同時に俺とアキラは忍び足でその場を離れ、その後は何故か全力でアキラの家の前まで走った。
 俺はアキラの家の場所は知らないので、アキラを後ろから追っている状態だ。
 食ったばかりだから気持ち悪い。
 アキラが足を止めた。どうやらアキラの家の前についたようだ。
 ようやく息が整いはじめた頃、アキラが口を開いた。
「この前、トラックが閉店後の宝石店に突っ込んで、根こそぎ宝石が持って行かれた事件あっただろ?犯人は捕まったが、結局宝石は返って来なかったそうだ。
 その事件もさっきのゴロツキ集団のメンバーがやったらしい。あいつらは危ないんだよ。」
 宝石が返って来てないってことは映画とかでよくある、ブラックマーケットみたいなところに流れたということなのだろうか。
 そんな映画みたいな事が本当にあるなんて、不思議で仕方なかった。
「お前詳しいな。」
 いくら近くに住んでいるからと言っても詳しすぎる。
「元々奴等の存在は知ってた。だけど詳しくは、さっき話したバーで知り合ったヤクザに聞いたんだよ。」
 そういう事か。
 地元のヤクザにまで名前が知れているなんて。
 俺は大変な事に首を突っ込もうとしていたことに気が付き、若い男を放っておいて本当によかったと思った。南無!