翌日。

昼前に本日三人目の本購入者である歴史コレクターの男性を見送り、ふと横を見ると加賀先生が遠慮がちにこちらに会釈をしていた。
龍臣は来たか、と思った。

「加賀先生。こんにちは、どうかされましたか?」

加賀先生が来た理由は検討がついていたが、そ知らぬ顔で挨拶をして相手の反応を見る。

「あ、あの。こんなことを言うのもおかしいと思われるかも知れませんが、私の本がそちらにあるような気がして……」

戸惑う様子を見せながらも、その目は確信を持っているのかこちらをしっかりと見つめてくる。
龍臣は大きく頷いた。

「わかりました。中へどうぞ」

龍臣は穏やかに微笑み、店の中へと促した。
そして、奥のソファーへ座ってもらったあと、カウンターから一冊の本を取り出した。

「こちらの本ですか?」

タイトルのない、茶色の革表紙。それを見せると、加賀先生は泣きそうな表情で「それです」と答えた。

「こちらの本は売ることは出来ません。しかし、ここで読むことなら出来ます」
「それで構いません。私にはそれを持っている自信はありませんので……」

加賀先生はスカートの裾をギュッと握りしめ、俯いた。

「かしこまりました。それでは、どうぞ」

龍臣から本を受け取った加賀先生は、優しくその表紙を数回撫でた。
そして、ゆっくりと表紙を捲る。

「いってらっしゃい。気が済むまで視てくるといい」

龍臣が指をパチンと鳴らすと、加賀先生はゆっくり目を閉じた。