橘さんが俺の事を好き……

 嘘だ、この人は、俺をからかっているんだ。
 でも、橘さんは、そんな事をする人じゃない。

「本当ですよ……」

「どうして……?」

 そう、俺のどこを好きになる?
 俺は、何も好かれるような事をしていない。

「俺のどこを好きになれるんですか?」

 好きなんて言われたことがない。
 女の人は、みんな俺の事を嫌っていた。
 それが、当り前になっていた。

「私の料理を美味しいって言ってくれた」

 そんなの、世の中の誰もが言うだろう……

「そんな事で……」

「初めてだった……
 今まで、料理を作ってあげても何も言ってくれない人が殆どだった。
 だけど、貴方は違った。
 貴方は、美味しいって言ってくれた……」

 そんな事で好かれるのなら男は皆、苦労なんてしない。
 橘さんは、そう言うと体を密着させてきた。

 どうすればいいんだろう……
 俺は、橘さんの事が好きだ。
 だけど、橘さんも俺の事が好きだという。

 答えは、出ない。
 肝心な時に『迷い』が生まれてしまう。

 何度も何度も頭の中で、想像してきた事じゃないか……
 何度も何度も羨ましいと思っていた光景じゃないか……

 なのに、何故俺は、迷っているのだろう……

「忘れさせてください。
 あの人の事を……」

 心の中で、声が聞こえる。

  抱いちまえよ。

 俺は、橘さんの体を、力強く抱きしめた。

「好きです……
 貴方の事が……」

 嘘でもなんでも良かった。
 もう、全てがどうでもよくなった。
 俺達は、風呂場を出て体を拭くと、橘さんの部屋に向かった。