『ごめんあず! 今日残業で帰るのが遅くなりそうで……』


唐突な真人のキスで熱病に浮かされたようにふわふわと浮足立っていた私を現実に戻したのは、拓真からの電話だった。


「……早く言いなさいよ。ひき肉買ってきたのに……」


溜息まじりに応答すれば、泣きそうな声で謝る拓真。


『帰ったら絶対食べるから!』

「まあ、仕事だし仕方ないよね……」

『あず……!』


さっきまでの余韻で拓真に憎まれ口をたたくのも忘れて寛容な発言をすれば、拓真は感極まったらしい。
大人だとか、なんていい子なんだとか……なんか変に持ち上げてくるから鬱陶しくなってきた。


『須藤しゅにーん。まだですかぁ? 誰に電話してるんです?』

『ああ。もうちょっと。佐々木、体調は本当にいいのか?』

『もう大丈夫ですよー。主任本当に優しいですよね』


そんな時、電話の向こうからやけに鼻にかかった高い声が聞こえて。
拓真はその声に妙にかっこつけたいつもより低い声で答えていて。


「……ふーん。残業、ね……」


思わず、そう呟いた。


『いや。あず! あれは部下だから』

「別に、何も言ってないけど。どうぞごゆっくり」

『あず……っ』


まだ何か言いたげな拓真の声を無視して通話ボタンをぷちりと押した。


「何あいつ!」


思わず乱暴にスマホをソファに叩きつけてしまう。

あんな甘ったれた声で拓真に呼びかけてる女が部下?
一体どんな残業をするって言うんだ。
ママの三回忌も終わったし早速お楽しみって訳?

そりゃママは死んでるし、拓真が他の女と遊んでたって私に文句言う筋合いはないわよ!
好きにすればいいのよ!!

乱暴に買ってきた食材を冷蔵庫に放り込んでから溜息を吐いて、ソファに座り込んだ。