譲れない





徹夜続きで準備をした郊外の大きな店舗が、本日オープンとなった。
オープンするのを見守るために、それに関った本社の社員やアルバイトはもちろん。
社長や秘書も早朝から駆けつけ、その瞬間に立ち会っていた。

「何度見てもいいもんだな」

お店の外に立ち、並ぶお客が店内にどんどん吸い込まれて行くさまを見守りながら、私の隣に立つ河野が目を輝かせている。

「自分の子供が巣立って行くみたいでしょ」
「ああ。嫁にでもやるみたいな心境だよ」

河野が、少しだけ寂しげな笑顔を見せる。

「新店相手にそんな顔しているようじゃあ。結婚して本当に娘が生まれたときにはどうなっちゃうのよ」

私は、クスクスとからかい笑い声を上げる。

「碓氷に似た娘が生まれたら、何処にも嫁にやりたくないだろうな」
「また、そんな冗談。いい加減、その話はなしでしょ」
「なにがなしだよ。勝手に結論付けすんな」

怒ったようなセリフだけれど、河野の表情はとても柔らかい。

「忘れるつもりはないって言っただろ」

その言葉に、真っ直ぐ新店だけを見続けている隣に立つ河野を思わず凝視する。

まさか、嘘でしょ?!
結婚のこと、本気だったりするの?

そう考えると、今更ながらに驚きで目が大きくなってしまう。
けれど、河野はいたって冷静というか、いつもと何も変わらない。