ー今年もあの桜の季節が来た。
あの日、大切な人と別れたあの時から50年が経った。


「あの日が……懐かしい………」


片翼のペンダントに触れながら、あの日に思いを馳せる。


私はあれから50年生き、つい最近70歳を迎えた。
本当に長い時間だった。


盲目だが耳が生きていたおかげで、通訳として働く夢も叶い、本当に人生を楽しんだのだと思う。


真っ暗な世界で50年、希望を失わずに生きてこれたのは、葉月や七瀬、家族がいたからだ。
そして……


暗闇の中、笑いかけてくれる陽の笑顔が私の中に生きていたから。


「漣さん、何かいい事がありましたか?」


微笑んでいる私に、施設の介護士さんが声をかけてきた。
私よりもうんと若い、20歳くらいの女性の介護士だ。



「昔の事を、思い出してたの…」

「思わず笑ってしまうくらい、素敵な事だったんですね、きっと」


介護士さんの言葉に私は笑顔で頷いた。


「目を失ったのは、辛い事だったわね…。でも、それ以上に、私は病気に感謝しているの」


私にとって失明は世界を失う事だった。
でも、失明しなければ、見えないものが沢山あったのに気づいた。



「病気に感謝……ですか?」

「えぇ、私は視力を失った代わりに、人の優しさに気づく事が出来るようになったわ」



目に見えるモノだけが全てではない。
視力を失い、一人では生きていけなくなった私は、今もこうして誰かに支えられながら生きている。