昼休みになっても、椎菜ちゃんは戻っては来なかった。
そろそろ、人間の体内時計がエネルギーを欲する頃であるのに、彼女は大丈夫なのだろうか。

確か、お昼の後には、宿泊オリエンテーションの班決めをする予定になっている。
1度に大勢の人と接するのには、私たちが思っているより多くのエネルギーを消費する。
精神的にはもちろん、肉体的にもだ。

「まったく。
どこにいるんだよ……椎菜」


すぐに戻って来るだろうと踏んでいた麗眞くんも、呆れ始めている。

「私、外探してくる。
麗眞くんは、校舎内探して?
入れ違いで屋上とかに来るかも。
昼休みのみ開放してるから」

自然に彼の名前を口に出している自分に内心驚いた。
今はびっくりしている場合ではない。

「了解。
俺も、今それを言おうと思ってたとこ。
じゃ、また後で」

あ、そうだ、と言い置いて、私の方に目線を向けた麗眞くん。
その目は、何かを訴えていた。

「持ってる?」

それで、彼が何を聞きたいのか分かった。
どちらかが先に、椎菜ちゃんを見つけた時の連絡手段だ。
取り急ぎ電話番号だけ教えて、私は椎菜ちゃんを探すべく校舎の外に出た。

食堂はやはり混むからか、昼休みは外でお弁当を食べたり、学校近くのコンビニまで行く人もいる。
そんな人に混じって、外にいる可能性も、大いにあるからだ。

「よし。
頑張ろ」


私が探して、会って、謝らなければ。
気合を入れ直して、学校近くのコンビニに行く体で、何気なくを装って歩いてみる。

学校の斜向かいの公園に見覚えのある人影があった。
そこの茶色いベンチに座る、三つ編みで作ったツインテールの女の子。
その髪型は、間違いなく椎菜ちゃんその人だった。


タオルで必死に目頭を抑えている辺り、泣いたのだろう。
ハンカチの隙間から、メイクは崩れているものの、綺麗な二重の目がちら、と覗いて、私の目線と合った。
口をぽかんと開いて、私の方を見た。

……目線が合ったなら、ちょうどいい。
走るのに邪魔な赤い縁の眼鏡を外す。
信号が変わったタイミングで、その公園にダッシュした。

「理名、ちゃん……?」

私から目線を逸らして言う椎菜ちゃん。
彼女の方も、少なからず罪悪感を感じているらしい。

「麗眞くんが一番、心配してたよ?」

「知ってる。
なんか、戻りたくなかったの。
理名ちゃんと麗眞には何もないって、分かってるけど、やっぱり心苦しかったから」

「ほんとに、なんにもないよ?
最初は麗眞くんのこと、苦手だったし。
同年代の私に、ものを言う口調が、上から目線でムカついた」

素直に白状することにした。


「え?そうなの?
まぁ、確かに、上から目線って捉えられちゃうかもね。家ではそうだから。
ま、お坊ちゃまだからしょうがないんだけど」


ん?
今、なんだか聞きなれない単語が聞こえた気がして、目を数度ぱちくりさせた。


「え?
えええ?
そうなの?
麗眞くんが?」


「うん、そうだよ。
麗眞くんのお父さん、宝月グループの当主だもん」


宝月グループ?
正直言って、全く聞いたことのない名前だ。
庶民とは縁遠い。


私は医学書と学校の教科書を読み漁るのが好きで、流行りの音楽やらゲーム、遊びには全く興味がない。
一言で言えば年頃っぽくない子だった。
それでも日常生活に何ら支障はなかった。
政治、経済、芸能ニュース。
疎いものは沢山ある。

もう高校生なのだから、政治、経済くらいには多少は明るくないといけないのだろうが、そんな自信はろくすっぽない。

「ありとあらゆる業種の企業を傘下にしてて、確か、私たちがいるこの学校も、8割は宝月グループの出資があったから出来たみたい」

ポカン、と口を開けるしかなかった。