「さっき話せなかった分まで、たくさん話したいんだ!
一緒に帰ろうよ!」

深月ちゃんが私に、にこやかな笑顔を向けてくる。
どうするべきか迷った。
私と一緒に帰っても、話題が豊富にあるわけではない。
話題のお店だって、流行の本だって、音楽だって、何も知らない。

そんな私と帰って、楽しいのだろうか。
 
助けを求めるように、くるりと麗眞くんと椎菜ちゃんの方に目を向ける。
助け舟を出してくれることを期待していた。

しかし、彼らはにこにこと私に笑みを向けてくるだけなのだ。

友達なら「私たちも一緒に帰るよ」くらい言ってくれてもいいんじゃない?
とは思ったが、リア充未満同士一緒に帰るのだと納得した。

でも、誘われて、悪い気はしない。
それに、母親がカウンセラーであるらしい深月ちゃんになら、家庭の細々した事情を話したとしても、ウザがられないかもしれない。

結論は出た。

「……私でいいなら、帰ろう?」


そう言うと、深月ちゃんは私の手を引っ張って階段を2段降りた先にある、昇降口に向かって歩き出した。
その後を、あの病弱な子もついてきている。
意外と、力強いな、この子……。
スレンダーなのに、そんな力がどこにあるのだろう。

周りからじろじろと白い目で見られる。
何かをやらかして、連行された人のように見られてしまっているらしい。
深月ちゃんもそれを悟ったのか、階段では、さすがに普通に私の手を離して歩いた。
身体の軸がぶれていない。
きちんとつま先から着地している。
体幹が鍛えられていないとこんな歩き方にはならない。

私も、見習わなければ。

「あ、ごめんごめん。
ついずるずる引っ張っちゃった。
逃げられたら困ると思って……。
悪気はなかったの。
許して?」

「私、何か犯罪やらかした人じゃないんだし、やめてよね。
それに私、一度決めたことは曲げない主義だから、逃げないよ」

「ごめんごめん」

「なんかお腹空かない?」

「そうね。
皆でどこか行く?
ファミレスとか」

柳下碧と深月ちゃんが二人でわいわい盛り上がっている。
この流れは、皆で夕食か?

中学校では、少ないながらも友達はいた。
しかし、学生らしく、友達と夕ご飯なんていう流れにはなったことがなかった。
高校生にして、「友達と初めての外食」になるのだ。
こんな高校生は、日本全国を見渡しても、私くらいだろう。

「行こ!」

私は彼女たちの言葉に賛成の意を唱えながら、家でぐうたらしているであろう父に、メールを打つ。
『ご飯、まだか』なんてメールが来たら、楽しい気分がぶち壊しになる。
それは、何としても防がなくてはならない。

『夕飯は外で食べてくる』

一言だけを打って、送信した。
それが終わると、携帯電話の検索機能でこの近くのファミレスを探した。
手ごろな価格のお店が3軒ヒットした。

「どこがいい?」

「ドリンクバーが豊富なところなら、どこでも大丈夫!
紅茶があれば文句は言わない」

「碧はコーヒー苦手で、紅茶派だもんねー」

「理名ちゃんは、どっちがいい?
調べてくれたの、理名ちゃんだし。
理名ちゃんが決めて」

深月ちゃんのまなざしが、私に突き刺さってくる。
そんなに、財布にお金が入っているわけではないのを思い出す。
それでも、朝と昼がパンだったから、まっとうに空きっ腹ではある。

少ない持ち合わせでそれなりのものが食べられるのは、イタリアンのお店だ。
それに、ここからならすぐだ。
駅までも、遠いわけではない。

「イタリアンのお店がいい、かな」

「じゃあ、そこにしよっか。
すぐ近くみたいだし、行こうよ」

柳下 碧の後に深月ちゃん、私と続いて、お店に入った。

『お客様、3名様でよろしいですか?
お好きな席へどうぞ』

制服姿の女子高生3人に、丁寧に『喫煙者か』まで尋ねる店員はいない。
もちろん、こちらとしては、好都合。
喘息持ちの碧ちゃんにとって、煙草の煙は大敵だ。
少しの刺激でも、発作は起こりうる。
極力、リスクを減らさなければならない。
 
それにしては、店員の対応もいささか、ぶっきらぼうだった。
「うるさい女子高生か」と思われたのだろう。
とにかく、店員が好きな席でいいと言うならどこに座っても自由だ。

私たちは、景色が見える席に座った。
この店は二度と行かないと決心して、鞄をソファー席に放り投げるように置き、制服のブレザーを脱いだ。