そこへ通っていたのは、孫が…いや、息子か娘が、小さい頃だったかな。
送り迎えをたまにしていたくらいだし、中に入ったのは数回程度で、全く覚えてもない。
運動会、発表会、卒園式…年に数回のイベントに、顔を出したことはあるが、その程度では脳裏にも刻まれておらん。
そんなだから新聞の折り込みチラシを見ても、最初は何処のことか分からず、ただぼんやりと眺めるだけになっていたんだ。

「あらっ、お義父さん、何見てるんですか?」
嫁の総子(ふさこ)さんが、洗濯物の入ったカゴを持ちやって来た。
「…これ、一体何処のことかと思ってね…」
チラシを手渡すと、目を細めている。チラシの片隅に書かれた地図と写真を照らし合わせ、あっ!と小さく声を上げた。
「…これ、駅の近くにあった保育園の場所じゃないですか?ほら、この写真の大きなイチョウの木。ここら辺であそこだけですよ。こんな大きな木があるの」
チラシの写真を指差し教えてくれる。確かにそう言われてみれば、そんな場所があったな…と思い出した。
「…そうか。あそこのことか」
頭に浮かぶイチョウの大木。秋になると見事に葉が色づき、道行く人々の目を楽しませていた。
「デイサービスセンターになるんですね…あらっ、保育園も併設ですって。多角経営なんですねぇ」
高齢化社会と言えども、全員が高齢者な訳ではない。中には待機児童問題を抱える家庭も少なくないから、そういった方面にも目を向けるのはいい事だ。
「高齢者と子供、同時に見るなんて珍しくないですか?」
呟く総子さんの意味する所は分かる。つまりはどちらもに体のいい、厄介者預かり所になるのだ。
(そのうち、僕にも行けと言い出すんじゃないのか…?)
定年も疾うに過ぎた年寄りが、一日中家に居られると困るというのが世の中だ。だからこそデイサービスは出来上がったと私は認識している。
「お義父さん、一日中家の中で過ごすより、こういう所へ行った方が良くないですか?ここなら家からも近いですよ⁈ 」
ほらな、やっぱりきた。
「僕は行かんよ」
足の裁きは若干悪いが、まだまだ自分のことは自分でできる。
誰にも迷惑などかけておらんのに、何故そんな所へ行かんとならんのだ。
「行ったらお好きな将棋の相手も、見つかるかもしれませんよ」
いらんお世話だ。
「相手ならおる。心配ご無用」
私の返事は、総子さんのお気に召すものではなかったらしい。ツンッと怒った顔をして行ってしまった。
(やれやれ…あの嫁も嫁いで来た頃は可愛らしかったが、最近は逞しくなって、少々ふてぶてしくもあるな…)
「デイサービスね……」
チラシは他の折り込み広告と一緒に片付けた。
そして、それっきり忘れていたんだが、二・三日後、近所の将棋仲間の正ちゃんが来て……。

「来週からデイサービスに通うことになったよ」
箱から将棋の駒を出し、並べながらそう言いだした。
「なんと!あんたそんなにモウロクしたのかい?」
「いやいや、そういう訳じゃないが、この前、保育園を兼ねたデイサービスが駅の近くに出来ただろう?あれに孫を通わせようと娘が言い出して。こっちはそのお守りを兼ねてるんだ」
正ちゃんの話では、経営者はかつて、あの保育園の園長をしていた人の娘で、長年看護師を務めてたんだそうだ。
「この度、定年退職して地元に戻ったのをきっかけに、園舎をリフォームして開設したらしいんだが、中は昔の木造のままでいい雰囲気だったよ。保育室と年寄りの部屋は別れていて、間に交流室というのがあるんだが、そこでは毎日、子供と一緒に昼飯を食べたり、遊んだりしていいときてるから、子供と年寄り、どちらにとってもいい具合なんだ」
(それはつまり、厄介払いが一度に出来るって事だろう…)
思ったことを口にせず、心の中にしまい込んだ。孫と一緒に遊べるのを喜んでいる正ちゃんに、滅多なことなど言えやしない。
「通い出したらここへ将棋を指しにも来れないから、良かったら孝(こう)さんも通ってみちゃどうだい?古き良き時代の木道校舎を思い出させるものがあるよ。あそこは…」
話をしながらパチパチと駒を指す。
小学校の教員として、長年勤めてきた私に、校舎という言葉は心地いい響きがあった。

(校舎か…)
正ちゃんがデイサービスに通い出したら、唯一の将棋相手もいなくなる。
近所で元気のいい年寄りは自分と正ちゃんくらいだし、昔のように、何処でも将棋を打てるという環境でもなくなった。
(うーーん…)

迷った挙げ句、私は一応、正ちゃんの言う『木造校舎』を見に行くことにした。