師走……教師も走る季節となった。
クリスマスの準備あり、利用者の増員もありで、前島さんは、先週から週三日勤務が五日になった。
ついこの間は、自分で作ったと言うマスコット人形を目ざとく藤堂君に見つけられ、その場でツリー用の飾りを作るよう頼まれていたが、今日はその作り方を保育士の香本さんや宮部さんにまで伝授している。

「三人とも、なかなか上手よ~」
まるで監督のような宿利さん。自分は指が痛いの目が悪いのと、文句ばかり言ってやりもしないくせに、彼女達の邪魔はする。
(やれやれ…困った人だ…)
「宿利さん、あんた口を動かすなら歌でも唄ってたらどうだい?」
お得意のカラオケを勧めてみた。
「…ああ、そうだね。そうしよう」
若い頃にバスガールを夢見たと言うだけあって、それなりに声は出る。
上手い・下手は二の次として、これで暫くは邪魔されずに済むだろう。

ホッとする三人。けれど一人、いつもと雰囲気の違う者がいる。
「前島さん…今日元気ないね」
私の言葉に、ピタッと手が止まった。
「彼氏と喧嘩でもした?」
半分冗談で言った。でも、どうやら図星だったらしく、珍しく焦った。
「な、何のことですか?単なる寝不足ですよ!寝不足!」
笑ってごまかしておる。
(…ふむ。分かりやすいな…)
表面的には落ち着いているが、内面的なものがたまにひょこっと顔を出す。働き始めた頃は、そんな様子を見せもしなかったが、今では時々見受けられる。
(今も大きな溜め息をついとる。これは間違いなく恋愛のもつれだな…)
私生活が表に出るようになったということは、自然体で仕事ができているという証拠だ。
悪い事ではないが、こちらがいろいろと気にはなる。

「早く元気になって下さいよ」
帰り際、挨拶する彼女に声をかけた。顔がひきつっておる。はっはっはっ、やはり亀の甲より年の功だな。

週末になると、私はいつも退屈で仕方ない。
妻とは早くに死に別れ、家では話し相手もおらん。老眼が進んでからは読書もしづらいし、ゴルフもとうの昔にやめた。
「やれ…ちょっと散歩にでも行くか」
立ち上がって上着を着ていると、総子さんがやって来た。
「あら、お義父さんどちらへ?」
「ちょっと散歩へ行って来るよ」
マフラーと帽子と手袋…防寒用具も抜かりなく備えた。
「寒いですから、気をつけて下さいね」
「うん。大丈夫大丈夫」
近所を一周するだけだよ…と家を出たものの、行くあても無し。
「さて、何処へ行くか…」
いつも散歩する道は、変わりばえしなくてつまらない。それでは…と反対方向に歩き出したのはいいけれど…。

(はて…此処は一体どこだ…?)
見た事があるような無いような路地へ出てしまった。この土地に住みだして何十年となるのに、自分の知らない道があろうとは…。
「よわったなぁ…」
道を探してウロウロしても、さっぱり分かる道に出ない。
(モウロクしたな…私も…)
「やれやれ、どっこいしょ」
ブロック塀に座り込んだ。
こういう時は慌てても仕方ない。いざとなったら交番の場所を聞いて、帰り道を教えてもらえばいいんだ。