さて、ここに通い出して何年になるかな。
今日が八十歳の誕生日なら、そろそろ丸二年といったところか…。

「西村先生、おはようございます」
「おお、松田さん、おはよう」
「今日も一番乗りですね」
「うん、ここへ来るのが僕の一番の楽しみだからね。…おっ!」
松田さんの後ろに見かけない顔が立っている。
「新人さんかい?」
二十…いや、この落ち着きは三十代…だな。
「そうです。今日からお手伝い頂くことになりました前島さんです」
「前島美緒と言います。よろしくお願いします」
名札を見せてくれた。
「前島美緒さん…。可愛い名前ですな。よろしく。西村です」
馴れ馴れしいが握手しておこう。若い女性の手など、そうそう触れもしないから。

『ほのぼの園』が開設して二年が経ち、また一人若い者が集った。
開設当初、空きのあった保育園児も、今や断らなければならない程の人気ぶりで、常に定員をオーバーしている状態だ。
中にはゼロ歳児の頃からずっと通っている子もいて、そういった子供達からすると、私はすっかりおじいちゃん。
家庭は全く別なのだが、長い時間接していると、情も自然と深くなる。


二年前、見学から帰った私の話を聞いて、総子さんはひどく驚いていた。
「お義父さん、本当に通われるんですか⁈ 」
信じられないといった顔で尋ねられた。無理もない。この間は取りつく島もなく断ったからな。
「正ちゃんに勧められて見学に行ってみたら、なかなかいい所でね。園長はかつての教え子だったし、建物は古い校舎のようだし、是非通ってみたいという気になったんだよ。どうかね、協力してもらえるかね?」
送迎や弁当、総子さんにはこれまで以上に負担をかけることになるのでは…と、少々気兼ねもしたが…。
「是非行って下さい!送り迎えもお弁当作りも、苦になりませんから!」
大変喜ばれた。
長いこと習い事をしたいと言っていた彼女が、やっと自由を手に入れることが出来るようになった。
これまで私が家にいることで、それをずっと我慢させていた。
最初は週三日通うことにした。いきなり毎日通うのもどうかと思っていたんだが、結局今は毎日通っている。
週三日が五日になっても、総子さんは文句一つ言わず、送迎と弁当作りを続けてくれている。
これまで辛気臭い家の中に、よくもいられたなと思う程、気持ちも大きく変化した。
「面倒をかけるね」
ある朝、総子さんにそう言うと、
「とんでもありません!そのおかげで習い事にも行けるんですから、有り難い限りです」
と反対に礼を言われた。
家の中は明るくなり、以前のようなギスギスした雰囲気はなくなった。
私にしても、大好きな子供達をまた触れ合える機会が持てて、これ以上にない幸せな時間を送らせてもらっている。
考えてみれば教師になったのも、その幼い子供達に勉学を通して触れ合いたいと思ったのがきっかけだった。

「教師になった頃は、何かと大変だったよ…」
昔話に耳を傾けるのは、先日入ったばかりの前島さん。興味深そうに聞き入っていた。
「…子供とは言えども人相手だからね、感情や気分にムラもある。だからここの職員さん達の気持ちは分かるよ。こういう仕事は気を遣ってばかりで、疲れることも多いからね…」
神妙な顔つきをしていた。表には出さないが、何やら思い当たる節があるらしい。
「そうですね…」
辛そうに俯いた。この子もまた、仕事の波に押され、何かを見失って来た部類の一人だろうか。
(ここで働くうちに、元気を取り戻せると良いのだが…)
そんな風に思った。若い者には若い者なりにきっと悩みが色々あるのだ…。