「まずい。」
「クソガキはケチつけるしかできねぇのか。表に出な、その腐った根性たたきなおしてやる。」


外ではさわやかな朝の空気があふれる中、珠子の部屋には暗雲が立ち込める。
もはや通過行事となりつつある今日この頃。


「まずいものをまずいと言って何が悪い。大体なんだこの玉子は。白い部分の裏が炭だし、スープの塩加減は濃いし、これはどうしたらこうなるんだ?サラダのつもりか?」
「てめぇが朝食わねぇとどーたらこーたらグダグダぬかしやがるから、貴重な睡眠時間削って作ってやってんだろぉが!!だいたい、自分の食い扶持も稼げないうえに家事すらやらないグズが偉そうな口たたくな!!」

起き抜けで不機嫌マックスな私は、寝癖で爆発している頭を押さえながらクソガキをにらみつける。朝から怒鳴らせるんじゃないよ!

「……貴様、黙って聞いておれば好き勝手に言いやがって!!!
まずいものはまずい!!!そういわれたくなければうまいものを作ればいいだろう!!!!!」
「ああんっ?!ふざけたこと言ってんじゃないよ!!なんで拾うつもりなかったあんたを、わざわざ養うはめになった私が、あんたのために、料理の腕をみががないといけないんだよ!寝言は寝て言うから寝言っていうんだよ!!!!!」
「寝言なんぞ言っておらんだろうが!お前のその耳はただの飾りか、飾りなのか、目は節穴か⁉︎
大体、王子であるこの俺がこんな粗末なものを食べていること自体屈辱だというのに、それを知っての暴言か!!!!毎日毎日我慢してやっているというのにだな…!」



いつになればこの毎朝くり広げられる舌戦をやめることができるのだろうか。
ああ、穏やかな朝の雰囲気が懐かしい。一人になりたい。
そう思うと同時に、今日のクソガキの言葉は耳に余るものがあった。
粗末な食事が屈辱、だと?


「おい、クソガキ。さっきの言葉取り消しな。」
「なんだと?俺が俺の言を否定するはずな…おぶっ!!!!!!」

クソガキの無駄に綺麗な顔に、鮮やか過ぎて自分でも惚れ惚れしてしまう右ストレートをクリーンヒットさせた。



「そのイタイ口とじねぇと縫い合わせるぞ。クソガキのいた世界がどんなところだったかは知らないがな、お前が言っている豪華な食事住まいや服なんかは、粗末な食事を食べている平民の汗水垂らして歯ぁ食いしばって働いてやっと手に入れることができた金からの血税だって事わかって言ってんのかクソガキ。王族だと?ふざけるな、テメェの国の奴らはやるべき事もやらずにぐーたらしている能無し揃いなんだな、はっ、王子様が聞いて呆れる。そういうやつをこっちでは役立たずの穀潰しって言うんだよ。家畜の方がまだマシだよなぁ、いざって時は食えるし金になるからなぁ。」


心底バカにしたように言い切ると、クソガキは怒りにもはや顔面が白くなってしまっている。

「きっ……さまっ…‼︎俺のことだけでは飽き足らず、国まで愚弄したな…」


おっと、さらりとクソガキを家畜以下扱いしたのにそこはスルーなのか。
ふむ、国を罵られると怒るだけの心はあるって事か。
なんだかなぁ、こいつチグハグだよなぁ。めんどくさ。


ゆうらりと立ち上がったクソガキの周りは蜃気楼のように空間がゆらめいている。マジ切れモードらしい。これはさすがに命ヤバイそうだな。
でも、忘れてない?王子様⁇
こいつのプライドを粉々に打ち砕くのは、ありきたりなこの言葉だろう。


「そう、国をバカにされるような振る舞いをしてんのはテメェだろが。
私に八つ当たりしないでくれる?
シュテンヒルゲン国第5王子アシュベル様?」



クソガキの怒りに染まった目が、冷静さを僅かにとりもどした。
私はオー⚪︎に話しかけるナウ⚪︎カの如く、優しく丁寧に畳み掛けてやる。


「で?気に入らなければ自分の立場も状況もお忘れになって、刃向かったものに怒りのままに制裁を加えると。
自分では何も生み出す事のできない生産性0の王子様は、どれだけご自分を過大評価されておられるのでしょうね?
今までは地位の力によってひれ伏す者共が足元にごまんといたんでしょう?
何もしなくても衣食住の最高のものを与えられて。
錯覚してしまいますわよねぇ、自分自身に力があるのだと。何もしなくても生きていけると。
ふふふ、なんておバカさん!真実を履き違えてこんなに高慢になっているくせに、バカにされると怒るなんてただの駄々っ子。だから私はあんたをクソガキって呼ぶんだ。
おい、クソガキ。テメェ自身には何もない。価値もない。だから私も含めてこの世界では誰ひとり、お前に頭を垂れるものはいない。お前はこの世界で生きていけないという事が、おわかり?」



優しく、優しく加虐に満ちた笑みを浮かべながら囁きかける。
物語に出てくる悪魔のようだと我ながら笑える。
いつしかクソガキの首はだらりとうなだれて、小刻みに肩を震わせているだけになった。


「……っ…お前に、お前に何がわかるっ!」

私は突き飛ばされて、尻餅をついた。
クソガキはいつも通り押入れに立て込んだ。のだが。

「ちっ。ちょっといじめすぎたか?」

何時もと違う舌戦に、妙なもやもやが残ってしまった。
そういえば、どうしてクソガキはこの世界にきたのだろう。


まだまだ知らないことがありすぎる。
ま、私に火の粉が降りかからないのであれば興味はない。
まだまだクソガキが自立するには道のりが遠いようだ。