ケータイ小説 野いちご

忍々

5人の忍

 八月十六日火曜日午前二時
 
 東京都新宿区
 
 暗闇を掠めるように高層ビルから高層ビルへと影が飛んだ。その影は岡田自動車の所有するビルの屋上に飛び移ると、電飾を避けるようにロープを下ろし、するすると降りていった。
 
 影は二十二階付近で止まると、背中に背負っていた袋から二本足のコンパス状の物を取り出し、片足の吸盤を窓硝子の中央に取り付けた。そこからもう一方の足を開き、先端に取り付けてある刃物を押し当てながら半径30cm程の円を書いた。
 影はコンパス状の道具を窓から外し、背中の袋にしまうと、円を書いた部分を勢い良く蹴飛ばした。

 「・・・」
 
 硝子はビクともしない。
 
 影は苛立った様子で何度も暴れるように硝子を蹴飛ばした。しかし、硝子はビクともしない。

「ふーっ」
 影はあきらめた様子で一息つくと、懐から小刀を取り出し、ガラスの切れ目に刺し入れて貫通させた。そのまま小刀を斜めに傾けテコの原理を使い、硝子を押し込んだ。

「パリン」
 硝子は少し大きめな音と供に半径30cmの穴を開け、内側に倒れこんだ。

「・・・」
 影は一瞬の沈黙の後、何かに背中を押されるようにするりと穴から忍び込んだ。
 影は室内のレイアウトが頭の中に入っているかのごとく真っ直ぐに、暗闇の中を這いながら、上座のデスクへと向かい、デスクに置いてあるノートパソコンのケーブル類を外すと、背中の袋の中へしまった。

「ふぅぅーっ」
 影は大きく深呼吸を一つすると、また這う様に穴を開けた窓へと戻ると、降りてきたロープをつたって、するすると屋上へと登って行った。
  

 
 八月十六日火曜日午後二時
 
 東京都葛飾区古い雑居ビルの一室

 扇子や手拭といった日本の伝統品を製造・販売している会社、株式会社服部。この寂れた雑居ビルの2階を本社とし、3階を倉庫として2フロアを間借していた。
 お盆の真っ只中だというのに、㈱服部の本社にはスーツ姿の男女5人が集まっていた。

「社長、おおせの品、このとおり奪ってまいりました」
 若い男がノートパソコンを初老の男に差し出した。
「おう、ご苦労。しかしお主まだ分かっとらんな、この仕事の時はお頭と呼べと言っただろう、お頭と。うぇっ!これで2度目だぞ。2度目」

 初老の男は眉間に皺を寄せ、下唇を突き出しながらノートパソコンを受け取った。

「す、すいません、つい」
 若い男は後頭部を触りながら苦笑いをした。

「それで作戦どおりやってきたろうな。うぇっ!」
 その大きな声は室内に響き渡る。

「はい、でも、できれば今度からは高い所へ行く仕事は、できれば、その、実は高所恐怖症でして、ビルを飛び移るのは・・・」
 
 若い男は細い声で、溜まっている不満と自分の意思を必死で伝えようとした。しかし、即座に初老の男の必要以上に大きな声が響いた。
「この大馬鹿者!ムササビの術と呼べと言っただろうが、うぇっ!やはりお主は何も分かっとらんな!もう一度伊賀の里へ行くか、うぇっ!」
「す、すいません、あそこはもう勘弁してくださいムッ、ムササビの術に励みます」
 若い男は背筋を凍りつかせ、後悔しながら小声で返事をした。

「お頭、今後は自分がついて精進させますから。」
 別の若い男が間に入った。
「おう赤影!お主がしっかりと修行させんから、こんな事を言い出すんだ。うえっ!わしは悲しいぞ。大体お主らは忍びの心というのが分かっとらん、・・・」

 下唇の説教は終わりが見えないまま続いた。

「お頭、ニュース速報が入りました」
 ソファーに座り、三人の会話をまるで気にもせずテレビを見ていた若い女が、初老の男に呼びかけた。
 その声は穏やかな湖のように美しく。下唇に捕まっていた若い男二人は、安堵の表情を浮かべテレビ画面を見た。

「昨夜未明、岡田自動車東京支店に強盗が入った模様。被害総額等は不明」
 ニュースキャスターが伝えるテレビ画面を4人は食い入るように見つめた。
 
「おう影寅、どうやらお主の仕事でもニュースになるとはしっかりやってきたようだな、うぇっ!あとはお主がドジを踏んでおらねば作戦成功だ。一人での作戦が初めてにしてはまあまあだな。誉めてつかわすぞ。バハッ」

 先程の説教はどこ吹く風、初老の男は下唇を突き出しご機嫌に笑った。

「ありがとうございます。ははは・・」
 影寅は変わり身の術に着いてゆけず、引きつった笑いを浮かべた。

「ところでお頭、奪ったパソコンの解析はどうしますか?」
 ソファーに座っていた若い女が尋ねた。
「おう木影。今回はいらんぞ、こいつさえ奪えば作戦終了だ。なんせ依頼人のパソコンだからな。バハッ。後のことは我々の知った事ではない。バハッ。」
「情報の漏洩を隠す偽装工作ですか?」
 立ち上がった“木影“は、背が高くスレンダーなスタイルを持ち、端正な顔立ちに大きな透き通る瞳をしていた。

「おう、そんなもんだろう。」
 脳に中継点のない初老の男の返答は、常に早かった。
「つまらんことをすると足がつくから、このパソコンは粉々にして早く捨ててしまえ。おう影寅、ついでにこのパソコンの処分はお主に任す、忍法ハンマーの術で粉々にして早く捨ててしまえ」

(何が忍法ハンマーだ)
 影寅はつい不満が顔に出た。
「なんだ、影寅!うぇっ!作戦に不満でもあるのか!うぇっ!」
「と、とんでもありません。作戦お受け致します。」
 影寅は下唇の威圧感にあっさりと降伏し、パソコンを受け取った。

 初老の男“黒影”は、㈱服部の代表取締役であると共に、この影の軍団のお頭でもある。
 幼少の頃、祖父「又兵衛」が、かの戦国の有名人服部半蔵の子孫であると書いてある掛け軸(恐らく、ご先祖の子供が記入した物)を自宅の蔵で発見した時から、服部半蔵の生まれ変わりとして育てられた。  
 その独自の忍者人生は、小学校に鎖帷子を着込み鎖鎌をもって登校。担任の先生をクノイチと思い込んで尾行している姿を警察官に発見されて、小学生ながら職務質問されるなど、忍者らしかぬ濃い存在感を発揮し続けている。現代忍術の第一人者であると思われて仕方のない自分自身に、満足と誇りを抱きその太い人生を歩んでいた。

「ところで、今日皆の衆に集まってもらったのは他でもない、新たな作戦が入った。おう柴影」
 黒影の太い呼びかけに、いままでの会話に一切入らず、デスクのパソコンでホームセンターのホームページを食い入るように見つめていた中年男が立ち上がった。

 “紫影”はオールバックにモスグリーンのダブルのスーツ、新緑の緑を使った葉っぱ模様のネクタイを締め、さっそうとテレビの前に躍り出ると右の手の平で左の手の甲を握り締め、小刻みにかかとを上下させ体のリズムをとりながら。ねっとりとした口調で話始めた。

「うっぇー、皆さん。お盆のご出勤ご苦労様でございます。我々としましては二十二世紀を迎えるにあたり、新たな活動を起こさなければなりません。つまり、ニューセンチュリートゥエンティーツー。そこで私とお頭は色々と思案と論議を重ねまして、やはり忍者たるもの、政治工作の分野に入りこまな、あかん!と言う結論に達しまして。つまり、うっぇー、民衆党のある幹部と接触しまして、うっぇー、すなわち我々の存在意義を示さなければならなくなりまして、つまり、政権政党の民政党を攻撃できる情報をなんでもいいから皆さんに掴んで頂いて、二十二世紀の新たな忍者活動に華を副えて行きたい、かような事となった次第でございます」

 紫影は満足げに不適な笑みを浮かべて話を締めくくった。

 若い三人は何を言っているのか理解できず、目を丸くしていたが、即座に黒影の大きな声が続いた。

「皆の衆、聞いたか、うぇっ!喜べ。柴影の姪っ子が民衆党の幹部の秘書と結婚したのだ。ついに我々も政治の舞台の工作員として活動するときが来たのだ。うぇっ!これでわしもご先祖様に顔が立つ。皆の衆には民政党議員のリストを渡すから、有益な情報を探して民政党を倒してほしい。よろしく頼むぞ。バハハッ」

 黒影は目と下唇を輝かせながらリストを配り始め、若い三人は目を丸くしながら黒影からリストを受け取った。

「もっっおぉー、お頭、その事は言わないって約束をしたじゃないですか」

 柴影は顎を突き出し、照れている女子高生のような口調で黒影の背中を叩いた。

「おう、そうだった。すまん、すまん。お主の演説を聞いていて、つい、興奮してしまってな、しゃべってしまったわ。バハッ、血沸き肉踊るってやつだ、バハハ、すまん、すまん。バハッ」

 黒影と紫影の息の会ったやりとりについて行けない若い三人は、しばらく固まっていた。

「しかし赤影さん、一体社長は何考えているのですかね?」
 “赤影”は、身長183cmの長身で身のこなし素早く、しっかりとした顔立ちに鋭角的な眉毛、意志の強さと能力の高さから、この軍団を支え、影寅の唯一の相談相手であった。

「服部半蔵の子孫らしいからな、昔から政治の世界の工作員になりたくてしょうがなかったんだ。それで頭目の縁談を聞いて、これだ、となにかに目覚めてしまったのだろう。ああ、わしの徳川家康様は何処におるのだ、ああ、血が疼く。ああ、躍進したい。とよく独り言を言っていたからな」

 無茶な要求に同調して欲しいと期待していた影寅は、赤影の坦々とした口調が残念であった。

「こんなリストだけでどうしろと言うんですかね」
 こんどは、別の言い方で赤影に助けを求めてみた。

「決まっているだろ、何から何まで調べあげて情報を掴むんだ」

(なんと!この人本当にやる気だ・・・)
 影寅は目を丸くした。
「あっ、赤影さん?本気でやるんですか」
 影寅は理解不能に陥った。
「ああ、もちろんだ。おまえも手柄を挙げろ」
 影寅は赤影の力強い回答に絶句した。
(マジかよ。何なんだ、この人達。何だかえらい事になってきちゃったよ、本気でそんなことする気なのか?昨日はついに泥棒やっちまったし、やっぱり伊賀の山奥に連れて行かれたときに逃げるべきだった。あーっ、どーすれば・・・。)
 
 影寅は、悲痛な程の後悔と恐怖に悩まされながら家路へと付いた。

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